第105話 貴族の義務だ

交流会が始まろうとしていた。


今回招待されている冒険者達は、Bランク以上の高ランク冒険者だ。四年後に予想される『大氾濫』に是非ともお力添えをと願うために呼んでいる。


リンディエールはフィリクスと、後から来るレングや王子、王女達を待つ間、気配を薄くして壁際で会場を観察していた。


「あ〜……明らかに貴族共がび売っとるやんか。気色悪……」

「仕方ないよ。けど……滑稽こっけいではあるよね」


フィリクスは、リンディエールにこれ以上置いて行かれてなるものかと、レングに負けず劣らず、剣の稽古に力を注いでいる。


そして、先日ついに冒険者デビューも果たしていた。祖父母が冒険者もしていたのだ。跡取りであっても偏見なく受け入れた。


だが、一般的に貴族達は冒険者を見下す傾向がある。だからこそ、今の様子は明からさま過ぎて、逆に笑える状況だ。


ヘルナやファルビーラは、貴族としてもこの場の雰囲気にも慣れており、今回一緒に参加しているパーティメンバーの他の二組の夫婦も堂々としたものだ。年の功というのもあるかもしれない。愛想笑いで媚びを売ってくる貴族達を軽くあしらっていた。


彼らは冒険者としての出席のため、ドレスのようなものではなく、防具を着ている。


防具といっても、高ランクの実力ある冒険者は、使用するその素材からして違うため、明らかに鎧のようなものにはならない。


質の良い一般的な服装とあまり変わらない見た目になっているため、不粋な感じにもならなかった。


貴族達は、どうやって自領に引き込もうかと、ギラギラも目を輝かせているが、Bランク以上の冒険者達は、貴族との付き合い方も知って居るため、一方的に守ってもらおうという魂胆の見える貴族は、相手にしなかった。


お互いに線引きをどこにするのかを探り合っていると、そこに剣聖エリクイールがブラムレース王に連れられてやって来た。


「《あに》兄い、ほれ、あれがエリーちゃんや」

「うわあ……あれで農夫?」

「農夫や」

「……そう……」


引き締まった体だが、筋肉ダルマではない。身長はあるし体格もとても均整の取れたもの。その上、立ち居振る舞いも洗練されたもので、剣聖が好む白い服を着ているため、騎士のように見える。


そして、何より顔が良かった。


「イケメンやろ」

「農夫……あの顔で農夫……詐欺じゃない?」

「それ、ウチも初対面で思わず言うたわ……どっかの王子や言われても納得するやろ」

「するね……」


エリクイールは、キラキラなイケメンだった。剣聖として必然的にレベルも高くなっているため、実年齢より若く見えるのも原因だろう。


Aランクはレベル百を超えた者という基準もある。彼の今のレベルは百二十くらいだ。


「剣聖が顔で選ばれとる言われても納得するやろ。まあ、英雄とかは見た目も重要やしなあ」

「アレで……剣じゃなくて、普段はくわとか持ってるってことだよね?」

「せやで。いつもは服も普通の農夫の軽くて薄い服や。けどなあ……汚れた服がとにかく似合わんのよ」

「だろうね……」


農作業していていいイケメンじゃない。爽やかな汗は似合うし、たまには汚れてるのもいいが、なんか違う感がすごいのだ。


「広い畑の中に一人アレが居るんよ……場違い過ぎて笑える前に泣けてきてなあ……」

「うん。なんだろ……見たくないかも……」


散々言っているが、これだけ言っても足りないくらいのキラキライケメンなのだ。仕方がない。王宮に居るのがしっくりくる。


「もうなあ……あれよ。騎士団に居て欲しいんよ……勝手な偏見や分かっとるんやけど……こう……どうやっても農夫は似合わんっ」

「分かるよ……分かるけど……生き方曲げそうにないよね」

「そうなんよっ。それも……エリーちゃん、女にモテんと思うてるんやよ!?」

「え? もしかして、結婚してないの? 農夫って、意外と結婚早いって聞くけど」


農夫の結婚は確かに早い。自給自足できる農夫は、食べるにも困らないということで、モテる職業だったりする。


「好きな女子おなご一人おらんのよっ。あの顔で、付き合ったことあらへんのっ。女共が牽制し合って、近付けるもんが居らんかったんがあかんねんな……村でも、裏で女共がバチバチやっとるわ」

「それは……気の毒に……」


剣聖も良いことばかりではないのだ。


そんな話をコソコソとしていると、ブラムレース王が、エリクイールを隣に置いて、口を開く。


「皆のもの。彼が第二十四代剣聖エリクイール。この国のAランク冒険者の一人だ。四年後の大氾濫に対応してもらえるという確約をいただいた」

「「「「「おおっ」」」」」


大袈裟に喜んで見せる貴族達を、エリクイールは表情を変えずに見つめる。


「我々の呼びかけに応え、今日この場に来てくれた冒険者達には感謝を。四年後の大氾濫では、その力を是非とも貸してもらいたい」


ここで今までなら終わっただろう。しかし、今回はそうはいかない。


「……」


ブラムレース王と目が合ったリンディエールは、コクリと頷いて見せた。貴族達の退路は塞がせてもらう。


「我々も任せきりにするつもりはない。それまでに力を磨き、共に戦場に出ることになるだろう。魔法適性の高い我々だからこそ、後ろで、ただ見ているだけではいられない」

「「「「「っ……」」」」」


誰もがこの言葉には目を瞠った。冒険者達は、どうせ貴族は安全な後ろの方で隠れて、文句だけ言うんだろうと思っていたし、貴族達は、会議ではその方針を聞いてはいても、結局は冒険者達に任せる気でいたのだ。


「もちろん、民の避難や保護をするため、後方での支援を中心に行う者も必要だ。だが、いざという時には、民を守るために戦わねばならない。これは貴族の義務だ」

「「「「「っ……」」」」」


『貴族の義務』とまで王が言ったのだ。逃げられない。四年もあるため、自分達用に避難場所を用意することもできる。そこでいざとなれば籠城するつもりだったのだろう。想定外だと、その顔には書いてあった。


「今後は、そのための戦闘訓練も実施するつもりだ。よって、その指導を依頼させてもらうことにもなるだろう。これについては、ヘルナ殿とファルビーラ殿にお願いしてある」


ヘルナとファルビーラが了承を示すように、礼をして見せた。


「ぷっ、兄い、見てみい。ほとんどの貴族共が、絶望したような顔しとるで」

「逃げる気満々だったんだろうね」


コソコソと二人で笑い合う。彼らの退路は完全に断たれた。ヘルナとファルビーラからは逃げられないだろう。


「今回は貴重な冒険者との交流の機会だ。存分に今後の方針や展望を話し合ってほしい。冒険者達も、今日は遠慮なく、忌憚きたんない意見を聞かせてもらいたい。では、交流会を開始する」


ざわりと会場がざわめき、交流会が始まった。


「あっ、リン。レング達が居た」

「ほんなら行こか。しばらくは、子どもで固まっとった方が良さそうや」

「そうだね」


そうして、レングや王子、王女達で集まっていると、自然に他の貴族の子息達も集まってきた。すると当然、会場の中で目立つ集団となる。


「リン……来るよ」

「……やっぱりか……」


いつもとは装いが違うとはいえ、剣聖がリンディエールの気配に気付かないわけがなかった。


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