第104話 史上最年少の剣聖

王宮の一室では、リンディエールと第一王女のレイシャ、第二王子のユーアリアとその側近候補であるレングが勉強をしながら会議が終わるのを待っていた。


控えているのはグランギリアとプリエラだけだ。二人だけで警護も全て問題ない。


「やった! レングっ。今度は満点だ!」

「よくこの短時間で。苦手な計算も、これで問題なさそうですね」

「ユーア、えらい」

「っ、ありがとうございます、姉上っ」


ユーアリアは、最近とても明るくなった。卑屈に兄と比べていた頃とは雲泥の差だ。レイシャだけでなく、第一王子であるマルクレースとも良い関係を築いている。そんな姉や兄にも褒められることで、しっかりと達成感と認められたという満足感を得ているのが良いようだ。


「これ、本当におもしろいっ」

「ん……いくらやっても飽きない……勉強してて誰かに止められるなんて、多分普通じゃない」

「そうなんですよね……次の課題が楽しみになって、次へ次へとやっていってやめられないんですよね。自分でも驚きます」


彼らには、当然のように『リンちゃん子ども塾セット』を渡してある。これは、レングに出会った時に渡したゲーム感覚で勉強できる魔導具だ。当然、フィリクスや弟のジェルラス、マルクレースやレングの兄であるスレインも愛用していた。


「せやろ、せやろ。楽しんでやるのが一番や。きちんと集中力が付くのもええやろ」

「うん。集中するってこういうことなんだって、これを使うようになってようやく分かったよ」


レングの言葉に、ユーアリアとレイシャが同時に頷く。


「集中しなさいって言われても、よくわからなかったけど、分かったって感じがした」

「集中って状態を教えてくれないのに集中しろって怒られた……理不尽」

「あ〜、なあ。典型的な『察しろ』ってやつやでなあ……けど、無事習得できて良かったやんっ」

「「「うん……」」」


そうだねとなんとか納得する三人だ。今まで、理不尽に怒られていたのを覚えているので、素直には喜べないらしい。


ただ、本当に三人は集中していた。もちろんリンディエールもだ。いつの間にか結構な時間が経っていた。


「もうじき終わる頃やなあ」


これに答えたのはグランギリアだ。


「はい。そろそろでしょう。恐らく、ブラムレース王やクイント宰相が先に……いらっしゃいました」

「……終わってこっちに直行かいな……」


退出してすぐにこちらに来たのが丸わかりだ。


「リンっ。終わったぞ〜。はあ、辛気臭くなっていかんなあ」

「まったく、一々ざわざわと騒ぎ立てて、鬱陶しかったですよ」


ブラムレースとクイントは、大きくため息を吐きながら部屋に入ってきた。その後に、ケンレスティンが続く。


「かなり皆さん、不安そうにしておりましたなあ」

「はっきりと逃げる所はないと伝えましたからね。今頃、大慌てで冒険者への伝をと考えているでしょう。デリエスタ卿やリフス卿に視線が集まってましたよ」


笑って報告され、リンディエールも笑った。


「それは、逃げてくるやろうなあ。最近はおとん・・・も、じいちゃんに鍛えられとるで、体力がついとる上、ばあちゃんに頭も鍛えられて判断力もついた。ぐずぐずせんと、真っ先に出てくるやろう」


その予想通り、クイント達が席に座る頃には父ディースリムやフィリクス達がやってきた。


「お疲れやったな。よお捕まらんと出て来られたわ」

「……目を合わせないようにしたよ……」

「ええ判断や」


ディースリムは余裕そうに見えて、内心はかなり動揺していたのだ。彼は小心者なのだ。


全員が落ち着いた頃、フィリクスは期待しながらリンディエールへ声をかける。


「この後の交流会は、リンも参加できるんだよね?」


今回は代表者として来た者に成人前の子どもも居る。彼らも参加だ。よって、早い時間からとなっている。そして、交流会にはそれぞれパートナーを連れてきても良いことになっていた。よって、フィリクスのパートナーとしてリンディエールを連れて行きたいと思ったらしい。


リンディエールももちろんそのつもりではいた。


「お披露目の済んだのは参加してええ、ゆうてあるよな?」


後半はクイントとブラムレース王に目を向けて確認する。


「ああ。代表として来た者の中にも、何人か小さいのが居たはずだしな」

「今回の交流会の意図を正しく理解できていれば、文句は出ないはずです」


きっぱり断言するクイントだが、表情は何かを含んだ笑みだ。これはお約束があるなと、リンディエールはニヤつく。


「それは、分かっとらん奴も居りそうやなあ。おもろいやんっ」

「ですね。楽しくなりそうです」

「ええなあ。ばあちゃんらも出るし? せや、剣聖のエリーちゃんも出席やって」


これには、大人たちが跳び上がるほど驚いたようだ。ブラムレース王が身を乗り出した。


「っ、え、エリー? ま、まさかあの『孤高の剣聖』のエリクイールか!?」

「せや。そのエリーちゃんや。Aランクでこの国に住んでるやつゆう話やったろ?」


四年後の大氾濫の時、この国の防衛を共にしてくれるAランクの冒険者と渡りをつけて欲しいと、リンディエールはブラムレースに頼まれていたのだ。


「こ、この国に居たのか!?」

「居ったで? それも、この王都に近い村に」


現在、この大陸にAランク認定を受けた冒険者は十名ほど。その中でソロでAランクになったのが『孤高の剣聖』と呼ばれるエリクイールだ。


「……村……」

「村や。農業の盛んなルドフ村や。そこで、村一番の農夫やっとる。親の仇みたいに、畑荒らしに来よったゴブリンとかを駆逐しとって笑ったわ。あの辺、平和やで」

「「「「「……農夫……」」」」」


剣聖が農夫という言葉が、彼らの頭には入っていかないらしい。剣聖と聞いて興味津々な様子を見せていたベンディの息子ケルディアも目を瞬かせる。


「元々、エリーちゃんは、農夫やってん。親父さんが、若いうちは体力作りや効率のええ農法を考えるためにも、色々見て来い言うて、旅に出とった時に、先代の剣聖に見込まれたらしいわ」

「……本当に農夫……」

「農夫や。アレや、職業農夫、趣味が剣で冒険者。まだ四十前やけど、半分引退し始めとるわ」

「つ、次の剣聖は……っ、まさか!」


察したブラムレースから、リンディエールは目を逸らす。今は多分、誰とも目を合わせてはいけない。だが、弁明は必要だった。


「ま、まあ、なんや……ウチはそんなつもりあらへんのよ? 師匠呼びもしとらんしな〜。ただ、ちょい遊んでもろただけなんやけど……」


ついこの間、野菜を買いに行って挨拶代わりに手合わせをした時に『もう教えることはない……今日から剣聖を名乗るといい』なんて言われたが『それは保留で!』とお願いして逃げ帰ったのだ。


「……史上最年少の剣聖……っ」

「大丈夫や! あくまでウチはエリーちゃんにとって保険的なやつや! きっと、今後もっと剣聖らしい青年が目の前に現れれば、そのままスライドするはずや! エリーちゃんが口にせな分からんしなっ」

「いや、絶対に今日、口にするだろ……」

「っ、しまった! エリーちゃんは正直者なんやった! 『次代は……』なんて聞かれたら喋ってまう!!」


嘘や誤魔化しなんて、エリクイールは使わない。真っ直ぐで真面目。これぞ剣聖と思える誠実な男だ。口止めも難しいかもしれない。


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読んでくださりありがとうございます◎

次回、また来週です。

よろしくお願いします◎

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