第103話 恥と思え

『災禍の大厄災』が四年後に起こる可能性が高いと聞いた貴族達は、最初は楽観的に捉えた。


大繁殖期でさえ、正確な予測が立たなかったのだ。四年後にと聞いても、本当かと疑いたくなるのも分かるだろう。


その上、今度予測されているのは、伝説の千年前に起きたと言われている・・・・・・『災禍の大厄災』だ。正確な記録かさえ定かではない。その時に生きていた人々の感覚で記録されたことなのだ。実際はそれほど大した事なかったかもしれないと思うのも仕方がない。


正確な被害などの数字が出ているわけでもないのだ。ただの大袈裟な言い伝えだろうと思われていた。


なぜ起きるのかというメカニズムも知られていないのだから、実感など持てないだろう。


しかし、クイントやブラムレース王は、リンディエールやヒストリアからそれを聞いていた。


「信じられないと思われるのも仕方ありませんが、これは確かな情報です。これについて、ケンレスティン魔法師長より説明をさせていただきます」


ケンレスティンが立ち上がり、丁寧に一礼してから説明を始めた。


「皆さまは、魔獣がこの世界の魔素の調整に、一役買っているという定説があるのはご存知でしょうか」


そう切り出したが、貴族達は首を傾げている。定説とは言っているが、それは研究者達の中では当たり前になったものでしかなかったようだ。どれほど研究者達が説明しても、冒険者達もほど実感はないだろう。それをケンレスティンは、少し残念に思う。


「魔獣が……必要な存在だとでも……」

「そんなことがあるのか?」

「一体、どうゆうことだ……」


貴族達がコソコソと話し合う中、ケンレスティンは構わず続けた。


「魔獣や魔物にとって、魔素は必要不可欠なものです。だからこそ、過剰になっても希薄になっても彼らには問題となります。魔素は我々人にもなくては困るもの。魔素が希薄になった場合、魔獣達はその数を減らします。これにより、強い個体だけが生き残ります」


これが後にキングやクイーンになる可能性の高い個体だ。


「魔獣が減ったことで、今度は魔素が消費されず、過剰になってしまう。ここで、魔獣達は繁殖期に入り、その数を増やします。過剰になった分を消費しようとするのです」


過剰な魔素は危険を及ぼすと分かっているため、魔獣達は早急に仲間を増やすのだ。


「魔素が過剰になり過ぎると、淀みが出来ます。これが魔素溜まりです。魔素溜まりは魔獣達の自我をなくさせます。これを抑えるため、残っていた強い個体が更に魔素によって力を増強し、ゴブリンキングなどの王級の個体となるのです」


減り出した時点で、繁殖期の兆候として見られる。この間が二年ほどだ。研究者達は冒険者達に情報を回して警戒を促す。貴族には言った所で大した対策を取ってはくれないとわかっているから、この定説は貴族には認識が薄かったようだ。


「ここで、魔素はどうやって増えるのかが疑問に思われると思います。そもそも、魔素は常に一定にこの世界に流れ込む仕組みになっています。そのバランスを崩しているのは我々人です」


これに、貴族達はざわつく。だが、ケンレスティンは構わず続ける。


「本来の魔素の調整は、迷宮によってなされるというのが新しく解明されました。迷宮で消費されるべき魔素が消費出来ず、使い切れていない分が、外に流れ出しているのです」


それは、リンディエール、ヒストリア、ファシードによって再調査し、過去の記録などをまとめて上げられた『魔素と迷宮の関係性について』の研究結果だ。


「我々人族は、衰退しているのです。迷宮へ挑戦する者も、ここ数年の記録を見ても、少なくなりました」


これに、貴族達は堪らず声を上げた。


「それは、冒険者達の責任だろう!」

「そうだ! 冒険者が怠けているのだ!」

「我々は関係ないではないですか」


こんな大人達の言葉を聞いて、リンディエールやヒストリアから話を先に聞いていたフィリクスとスレインは鼻で笑う。


「リンの予想した通りになったね」

「本当に。みっともない奴らだ」


近くに居る貴族がこれを聞いて睨んでくる。


「子どもが何をっ……」

「黙って聞いた方がいいですよ」

「他人事じゃなくなるからね」

「っ……なにを訳の分からないことを……っ」


その貴族には目を向けず、二人はケンレスティンを見ていた。続けてくださいと頷いて見せれば、ケンレスティンは少し微笑んだように見えた。


「元々、迷宮の管理を買って出た者たちが、やがて国を創り、貴族となったのです。関係ないはずがないでしょう」

「「「「「っ……」」」」」


思わぬケンレスティンの言葉に、貴族達は口を閉じた。


静かになったところで、ケンレスティンの声はよく響いた。


「迷宮を任された貴族達は、国の平定と共に、力を磨きました。ですが、人族には限界があります。魔法の素質も他の種族に比べればないにも等しい。そこで、異種族との婚姻を進めました。これは記録にも残されています」

「「「「「っ!!」」」」」


新たなどよめきが起きる。だが、長くは続かなかった。あまりにも衝撃的だったのだろう。


「それをしなければ、この大陸の平和は守れなかった。千年前はまだ、迷宮での活動も活発だったそうです。それでも『災禍の大氾濫』と呼ぶほどの結果になりました。今回四年後に予測される『大氾濫』は、その時の比ではないのではないかと、言われております」


まだ魔素の循環が上手くいっていた。繁殖期も、循環が上手くいっていれば、大きな混乱にならず、緩やかになるらしい。それなのに、聖女、勇者の召喚によって引き起こされた『大氾濫』の大きさに『災禍』と付けた。


今回はそもそもの循環が上手く行っていないのだ。もっと酷いことになるのは目に見えていた。


ここで、聖皇国の召喚術によって引き起こされるのだということを口にしないのは、人同士で諍いを起こしている余裕はないからだ。だから、それについての真実を話すのは、これから起きる『大氾濫』を乗り切ってからだと、各国の代表は決断した。


「後四年……四年で、少しでも戦えるよう準備をお願いしたい。魔法についての才も、異種族の血が薄れたとはいえ、貴族の方が一般より上でしょう。それを皆様も誇っていたはず。兵達だけでなく、冒険者も援助し、備えていかねばなりません」

「「「「「……」」」」」


ケンレスティンは頭を下げると席に座ってしまった。そして、貴族達が反対の声を上げる前にと、ブラムレース王が口を開いた。


「聞いての通りだ。いざという時に、門を閉ざすことは許さん。それは恥と思え。先頭に立ち、この事態に立ち向かうのは、我々でなくてはなはない。もちろん、命を無駄にしろと言っているわけではない。本当に先頭に立てとは言わん。向かぬ奴は居るだろうからな。だが、それぞれの領地で指揮は執れ。対応策は各々考えてもらう」


息を呑む貴族達を見回した後、ブラムレース王はクイントへ頷きを向ける。それを受けてクイントが一歩前に出る。


「今回の事は、女子どもを他国へ避難させるというわけにもいきません。『大氾濫』は、この大陸で起きるのです。逃げる場所はありません。安全な場所を自分たちで創り上げるしかない。誰かに押し付けることもできないのです。きちんと向き合っていただきたい」

「「「「「っ……」」」」」


逃げることしか知らない者もいるのだ。貴族だからこそ、逃げてきた者がいる。だが、今回はそうはいかない。誰かのせいにするわけにもいかないのだ。貴族として、正しい行いが求められる。


地位がどうの、気に入らないからどうのと、自尊心を満足させるための、くだらない争いをしている暇はないのだと、ようやくゆっくりと貴族達は認識していった。


「この後、午後三時より、名の知れた冒険者や商人、ご子息達も交えた交流会が予定されております。その場でもよく話し合いをされると良いでしょう。二ヶ月後、それぞれ対策についての報告書を一度上げていただきます。期日に遅れた場合、取り立てに上がります。手間を取らせないようにお願いしますね?」

「「「「「……はい……」」」」」


クイントの取り立て発言に、多くの貴族達は身震いしていた。


「では、会議を終了いたします」


そう言われて、すぐに動き出そうとする者はいなかった。だが、フィリクス達は例外だ。


「さてと、父上、行きましょう。リンが待ってますよ」

「あ、ああ。そうだな。リフス卿もどうです? リンが軽く一緒に食事でもと言っていたのですが」

「っ、ご一緒させていただきたい」

「では……スレイン君も行こう。弟君はリンと一緒のはずだ」

「やはりですか……朝、レングの機嫌が良かったので、そうではないかと思いました。ご一緒します」


他の貴族達に声をかけられる前にと、いそいそと部屋を出た。


「はあ……レング……また抜け駆けか……」

「フィル……大丈夫。きっとレングは父上の嫌味を受けることになるからね」

「……なるほど。えっ、もしかして、宰相様も……」

「来ると思うよ? それこそ、抜け駆けしたくて堪らないんだから」

「くっ……ライバルが多すぎるっ……」


本気で悔しそうにするフィリクスに、相手をしているスレインだけでなく、父のディースリムも目を泳がせる。


因みに、意味が分からないながらも、ベンディの息子のケルディアもついて来ている。


「……フィル、君、兄って立場をもう少し上手く使いなよ……」

「血の繋がり如きじゃ、リア様に勝てないじゃないか」

「……うん……そうだね……」


勝てっこないよとは誰も言えなかった。


そして、用意されていた部屋に着いた一同は、先に来て当然のようにリンディエールとお茶をしていたブラムレース王や王子達、ケンレスティンやクイントに、苦笑いを浮かべることになるのだ。


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