第089話 動けたんかっ
とりあえず、また気絶されては困るので、先にサングラスは取っておく。
「あ、そのサングラスは、二人にプレゼントや。外で昼間に作業する時にでも使ったってや」
「これは、ありがとうございます」
「まあ、嬉しいですわ。最近、特に陽の光が辛く感じる時がありましたの。これなら少し楽になりそうですわ」
「さよか。家ん中……は、あんま良くないんやけど、せやな〜……紫外線カットするメガネ作るか。ちょい色も付けて……そんなら、家の中でも……」
ぶつぶつと呟きながらリンディエールは思考する。
「よっしゃ、ウチに任せとき! ユラばあちゃんの魅力も引き出す、とっておきのメガネを作ったるでな!」
「え……あの……リン様?」
「楽しみにしとってや!」
「は、はい……」
ワガママな令嬢にも一歩も引かないどころか、一歩踏み出せるユラナーラだが、リンディエールにだけは例外だ。このノリで押せ押せ、流せの独特のテンポの会話は、ユラナーラも経験がなく、どうしてもペースが掴めないらしい。
城では『あのユラナーラに一歩引かせる令嬢』と、密かにリンディエールは有名になりつつあった。
「さてと、そろそろ来るやろか」
「あ、はい。出迎えて参ります」
ユラナーラが押される状況というのが、内心とっても新鮮で楽しいと思って見ていたモルトバーンが正気付く。リンディエールがそろそろと言うのならば、もう着くだろうとモルトバーンは察した。
付き合いは短いが、その短い時間の中で把握することは、優秀な元家令ならば出来る。よって、モルトバーンは
「お世話のためのメイドも回すということでしたし、わたくしは、先にお食事のご用意をして参ります」
「頼むわ。お粥さんにしたって」
「はい。ちょうど、リン様に教えていただいた梅じそが良い具合にできているので。それもお待ちしましょう」
「そうかっ、あそこは、卵はダメやったな」
「はい。卵は使えません」
聖皇国では、禁止している食べ物がある。まず卵、それから牛乳、小麦、子持ちの魚類、甲殻類だ。
これを聞いた時、『アレルギーかいっ』とツッコんだ。多分、間違っていない。アレルギーが出たことがあるから、彼らは魔の食材として避けている。
そして、この世界でごく
「無知は怖いなあ……」
未だに当事者も、食物アレルギーのせいだとは思っていないだろう。だが、それが原因だと分かっていた者がいたのも確かだ。それをはっきりと後の世に伝えられなかったことは反省してもらいたい。もちろん、途中に立った者が理解力を持たなかったという可能性もあるかもしれない。
二人が部屋を出て行ったので、リンディエールは、部屋の中央にある小さめのテーブルについて、早速、ユラナーラ用のメガネの設計に入った。
椅子は大人用なので、ただでさえ年齢より小さなリンディエールは、床に足が届かない。その足をぷらぷらと揺らしながら、細かい魔術式などを取り出した紙に書き込んでいく。
あまりにも集中していたので、リンディエールは、教皇が目覚めたのに気付かなかった。
悪意がなければ、集中したリンディエールは特に反応を示さない。
「……?」
体が動くことに驚きながら、教皇はゆっくりと上体を起こした。少し回復もしているため、筋肉はかなり落ちているが、起きられないほどではなかった。元々、教皇は筋肉が付きにくい体質で、他人からしたら皮と骨だけの痛々しい体に見えるが、ゆっくりと歩くことも可能だった。
「……歩ける……?」
小さく口の中で呟いて、教皇は、リンディエールに近付いていく。一見して、幼い子どもが一生懸命に勉強しているようにしか思えなかったのだろう。文字の書き取り練習中かなと思い、覗き込んで、教皇は目を大きく開けた。
「なっ!?」
そこにモルトバーンが、王宮付きの大司教とその護衛と付き人を連れてやって来た。
「っ、猊下!」
「……あ……ダンドール大司教……っ。ここは……ウィストラですか……?」
教皇は少しほっとした表情を見せる。自分を廃しようとする者ではないと確信したからだ。
ここでようやく、リンディエールが気付いて顔を上げた。
「んん? おおっ、教皇さんっ! 動けたんかっ」
「え、あ、はい……」
「良かったなあ。ああ、こっちの椅子に座ってや」
リンディエールは椅子から飛び降りて手を引き、少し硬めの皮のソファを出して座らせた。あまりふわふわのソファだと、立ち上がり難いだろうと考えてのことだ。
手を一つ振っただけで、ソファが現れたことに、少し驚いていたが、教皇はゆっくりと腰を下ろした。
「っ、こ、これは……ありがとうございます……」
「ええて。無理はあかんで? 今、お粥さん作ってもろとるでな。あ、喉渇いとるやろ。お茶淹れるわ」
「リン様。わたくしが……」
リンディエールが茶器などをテーブルに出すのを見て、モルトバーンが申し訳なさそうに歩み寄って来るが、それを手で制した。
「構わんて。それに、オリジナルの薬湯茶やねん。任せてえな。ダンじいも座ってや」
「は、はいっ」
ダンドールとリンディエールは初対面ではない。聖皇国を調べる前に、この国の大司教たちのことを確認していた。味方に出来るかどうかをはっきりさせるべきだと思ったからだ。
独善的な聖皇国をクイントやブラムレースが警戒しないわけがなく、王宮に出入りする権限を持つ大司教周辺は、しっかりと調査がなされていた。これにより、このダンドールは聖皇国の上層部に煙たがられて、半ば左遷されてきた人だと知れた。それも、教皇によって国から流された人だったのだ。
これは
「……リンディエール様……その薬草茶というのは……」
ダンドールがリンディエールの手際を見ながら尋ねた。そのお茶の色が可愛らしいピンク色だったから、余計に気になったのかもしれない。
「これはなあ、魔力を少し補完して、効率よく身体強化を促すことが出来るんよ。食事するんも、話をするにも、何するにしても体力は使うでなあ。病人にも無理なく回復を促せる薬みたいなもんや。もちろん、お茶として飲んでも良しやでっ」
「……そんなお茶が……」
「ああ、これ、使う薬草が特殊やねん。コロイモの茎も使っとるで、まだ商業ラインに乗せられんのよ。特別やで?」
「なるほど……」
話しながら淹れ終わったリンディエールは、カップを三つ用意する。教皇とダンドールとリンディエールの分だ。
リンディエールが先に一口飲んで見せようとしたのだが、先にダンドールが口を付けた。付き人と護衛が驚いて目を瞠るが、賢く口を噤んでいた。
「っ、甘い……美味しい……っ」
「ほんのり甘いのがほっとするやろ」
「はい。甘さが残るわけでもなく、後味もスッキリしますね……花の香りも少ししますね……なんだか不思議です」
「美肌効果もあるんや。女性に受けそうやろ? あ、これは黙っとかなあかんで」
「はい!」
真面目にダンドールは頷いた。この国のほとんどの女性の憧れはヘルナだ。よって、強い女性が多い。恐妻家が意外にも多いらしいのだ。ダンドールの妻もこれに入る。そのため、これは教えてはならないと強く決意したようだ。
リンディエールとダンドールが、うんうんと頷き合っている間に、教皇もお茶を恐る恐る口にした。どうやら気に入ったらしい。目を輝かせた後、ゆっくりと飲み干して、ほっと息をついていた。
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