第090話 解体しましょう

落ち着いた所で、リンディエールは教皇に改めて向き直った。


「あ、まだ名乗っとらんかったなあ。ウチはリンディエール・デリエスタ。ウィストラ、デリエスタ辺境伯の第二子や。冒険者としてリンとも名乗っとるで『リンちゃん』呼んでやっ」


いつもならサムズアップする所、頬に人差し指を当てて可愛くウインクしておいた。


「り、リンさん……」


動揺がすごい。


「リンちゃんや!」

「っ……リン……ちゃん……」

「せや! 戸惑っとる所がポイント高いで!」

「は、はあ……」


教皇は戸惑い続けていた。だが、リンディエールは気にしない。このまま押し通す。


「教皇さんを聖皇国から拐って来たんは、ウチや」

「え……」

「息止めたらあかんで」

「あ、は、はいっ……」

「きちんと吐いてから吸ってや」

「は、吐いて……っ、はいっ」


思わず息を詰めた教皇は、なんとか呼吸を整える。


拐ったなどと言われては、何のためになのかと、悪い方へ考えてしまうだろう。これはリンディエールの言い方も悪かった。だが、まあ、わざとだ。


「そんで? 今、考えたことはなんや?」

「え……」

「今考えたやろ? 拐って来られた理由……想像したやろ」

「っ……」


あまり追い詰めたくはないが、こちらも時間に余裕があるわけではない。全部明らかにして、ゆっくり休んでもらいたいというのもある。


じっと見つめると、教皇は何度か深く呼吸をしてから、視線を合わせた。


「世界を危機に晒しながらも、私達は、召喚術を行使しました……国の……聖皇国の存在意義を守るために……その罪を認めることなく……ですが……許されるはずがありません……きっと、気づく方は居ます……何より、この国には、染血の軍師と呼ばれる方が居ると聞きます……ですから……」

「……ばあちゃん……さすが、ウチのばあちゃんや……」


教皇の顔が真っ青だった。視線もいつの間にか懺悔するように組まれた手に向いている。微かに震えてもいた。


「……教皇さん。悪かった。落ち着いてや。ウチが教皇さんを拐って来たのは、呪われて弱っとる教皇さんをそのままにできんかったからや。助ける言う、ちょっとした自己満足やねん」

「え……助けるため……?」

「せや。因みに、異世界から来た子にも声かけてきた。隷属の腕輪も対処できとる」


少しほっとした表情を見せた教皇。召喚したことへの罪悪感があったのがわかる。


「なあ、教皇さん。ウチと、あの国を解体せえへん?」

「っ……」


ニヤリと笑ったリンディエールに、教皇は目を丸くした。


「ウチなあ、マーナルディア神から、課題をもらっとるんよ」

「ッ、か、神からっ」

「っ……!」


これには、ダンドール大司教も驚く。


「因みに、証拠はコレや。【ステータスチャット】【チャットオープン】」


ーーーーーーーーーーーーーーー

個称  ▷リンディエール・デリエスタ

 (ウィストラ国、デリエスタ辺境伯の長女)

年齢  ▷10

種族  ▷人族

称号  ◀︎【ステータスチャット】


     ようやくね

     私はマーナルディア

     教皇ソルマルト

     無事で何より



目標メモ(表示固定)

①幸運転化の宝玉

②穢れた王冠

③召喚の杖

④隷属の香石

⑤召喚された異世界人一人


レベル ◀︎

体力  ◀︎

魔力  ◀︎100%


魔力属性◀︎


ーーーーーーーーーーーーー


ちょっといつもと女神の様子というか、言葉の雰囲気が違うなと思いながらも、口にはしなかった。眉がぎゅっと寄ったのは仕方がないだろう。


「っ、か、神……っ」


----------

間違いなくこの世界の最高神よ

今回の召喚

あなたは反対したわね

----------


「は、はい! 術式からして、使うべきではないものだと分かりましたので……」


----------

ありがとう

それだけでも私は

嬉しかったわ

----------


「っ、ですが……っ、私は止められませんでした……っ」


ソルマルト教皇は、民達から絶大な信頼を寄せられていた。特に野心もない彼が教皇になれたのは、彼を担ぎ上げることで、民達をまとめやすくなるだろうとの考えからだ。それに、彼は人が好かった。大司教達は、自分たちの都合の良い傀儡を、とのことから、ソルマルトを教皇としていたのだ。


王や国の頭に立つ者は、民達の不満を一身に受け止めなくてはならなくなる。政策の失敗は、王の責任で、無能というレッテルを容赦なく張られる。非難されるのは、判断を下した王一人。


成功した場合は、正しい評価を得るが、そもそも万人が満足するものにはならず、成功できたのは、きちんと下の者たちが力を合わせて動いたからだと、純粋な王一人の評価にはならない。


どちらにしても、損な役回り。ならば、一番上に立つよりも、下から突き上げ、操る方を選ぶ。そうした極端な判断の結果が今の聖皇国だった。


「止められると……思っておりました。これだけは止めようと心に決めておりましたのに……っ」


ソルマルトも分かっていた。だが、苦しんだとしても、彼は上に立つことを最終的に選んだ。召喚術を聖皇国に行使させないために。しかし、たった一人で相手にするには立場があっても無理だった。


「甘かったのです……味方を増やせているはずでした……ですが……っ、足りなかったっ。間に合わなかった……っ」


罠にはまり、結局、文字通り手も足も出なくなってしまったのだ。


「申し訳ありません……っ、申し訳ありません……っ」


悔しそうに俯くソルマルト教皇。だが、リンディエールからすれば、問題はない。


「教皇さん。顔上げえ」

「っ……」


ゆっくりと顔を上げる教皇に、リンディエールはそれでいいのだと、静かに頷いて見せる。


「そんな気に病む必要はあらへん。一人で止められるもんやない。世界に影響を与えるもんや。なら、世界中が、アレはやってはあかんもんやって声を上げなあかん問題や。まだ判決には早い。次を止められたら、教皇さんの勝ちやで」

「っ、ですがっ、異世界の方を犠牲にっ……」

「分かっとる。けどこっちを見い」


チャットを指差す。そこに、新たな言葉が刻まれる。


----------

あなただけで負うものではないわ

私も止められなかったのだから

私も同罪よ

----------


「っ……」

「せやで。神でさえも何も出来んかったんやからな」


----------

その通りよ

----------


「っ……」

「せやから、これはウチら全員同罪や。あ、もちろん、決行しよった奴らは、ウチらより罪が重いで? アレは同罪にはならへん。重罪や!」

「……っ」


悔しさからか、涙を流した教皇をリンディエールはチャット画面越しに見つめる。


「罪は、清算せなあかん。せやろ?」

「っ……はい……」

「当然、再犯はナシや」

「はいっ」


ソルマルトの目に力がこもった。


「何をせなあかんか、わかったやろ」

「はい。罪を明らかにし、元を断ちますっ。手を貸してください!」

「当たり前や。なんたって、同罪やでな。一緒にやるで!」

「っ、ありがとうございます! リンさんっ」


やる気に満ちた表情になったソルマルト教皇。それを確認して、リンディエールは笑いながら首を横に振る。


「リンさんやなくて、リンちゃんや! やり直し!」

「は、はい! 一緒に聖皇国を解体しましょう! リンちゃん!」

「せや! いっちょ派手にやったんで!」

「はい!」


このノリに、ダンドールは頬を痙攣けいれんさせていた。教皇がはっきりと『聖皇国を解体』と口にしたのだ。果たして良いのだろうかと目を泳がせるのは止められなかった。


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読んでくださりありがとうございます◎

次回、来週の予定です。

よろしくお願いします◎

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