第085話 一番嫌なはずだ

塔の造りは天野悠の居た場所と同じ。忍び込むのに問題はない。


「見張り……なし。覗き窓……なし。魔力感知系……反応なし。盗聴系の術も……なし。大丈夫そうやな」


スルリと天窓から入り込み、そっとベッドに近付く。


「これは……何かの反動か?」


か細い呼吸。眼窩は窪んでおり、薄く目を開いているが、こちらに気付いていない。意識も朦朧としているのだ。腕には、ほとんど肉がなく、衰弱死を待っているかのように見える。


「病気やない……ヒーちゃん、ちょい見てくれん?」


ヒストリアの使い魔である鳥を天窓から呼び込みながら、通信する。これにより、ヒストリアはリンディエールと同じ景色を見ることができる。


《これは……呪われている……かなりギリギリだな。最高位の呪解の術を使えば問題はないが……呪解の術はな……》


歯切れが悪い理由は何か。それに、リンディエールも気付いた。


「あ、アレは派手に光るんやったかっ」

《そうだ……発光体になるからな》

「せやった……それも最高位のはLEDやった……」

《眩しいよな……》

まぶいな……」


だからといって、躊躇ちゅうちょしていられるような状態ではないのだが、これは問題だ。


「場所……変えるか」

《そうだな……これはさすがに問題だ。アレなら、多少は回復までいける。それに、恐らくこいつが教皇だ。なら、今は孤立無援になっている。このまま見殺しにする気のようだ》


ヒストリアも使い魔を使って、情報を集めていた。そこで聴こえてきたのは、現教皇を批判する言葉と、既に次代の選出に入っているという話だった。


「あ〜、そんなこと言うとったなあ」


天野悠への説明で、リンディエールがタヌキと判断した人も言っていた。次代の選出をしていると。


「もう、この人は用済みやってことやな」

《そのようだ。先ずはコレを生かそう。それが、奴らにとっては、一番嫌なはずだ》

「ははっ。それは是非やったらなあかんやん」


嫌がらせ上等。


「一日、二日は、幻惑で凌げるやろ。ここに来よう思わせへんければええねん。塔の入り口に仕掛けとくわ」

《俺はブラムスに連絡する。こいつから、話が聞きたいだろうからな》

「ほんなら、城の一室空けてもらってや。そこで呪解すんで」

《それがよさそうだな。分かった……》


連絡はヒストリアに任せ、リンディエールは慎重に部屋を出る。


「鍵、かかっとらんのかい。まあ、あの状態で起きて来るとは思わんか〜」


明らかに衰弱した様子なのだ。一人で歩き回ることは不可能だろう。腕を見た限り、筋力が完全に落ちている。足も同じようになっているはずということを考えれば、歩く以前に、起き上がる力もないだろう。


「マジで殺しに来とるな……」


食事も水さえも与えられていない、乾いた唇と肌を見れば、世話も全くしていないのが分かる。


「さっさと仕掛けて、連れ出すべきやな。貴重な証人になるかもしれへんし」


聖女召喚の儀に、教皇が居合わせなかったのは、タヌキの話からも察せられた。彼は反対したのかもしれない。それは、聖女召喚がやってはならないもの、やれば問題になるものだと知っていた可能性が高い。


それはそのままこの国の罪の証明となる。是非とも生かして、白状させたい。


そして、ついでに探しているお宝の情報も、もらう。


「ん〜、この辺りで……『変わりなし』と認識させればええな」


塔の螺旋階段をしばらく降り、振り返る。扉が見えた位置で術がかかるように仕掛けた。


扉の前に来た所で完全に『変わりなかった』と認識させ、そのまま階段を降りて行くように設定する。


「プログラム作りみたいで、楽しいんやけど、やっとる事、洗脳みたいなもんやでなあ。何や、悪いことしとる気いするわ」


今回は人命救助でもあるのだが、洗脳はどうしてもいい気がしない。


「まあ、けど……だんだんと面白くもなっとるんよな〜」


因みに、この術を練習したのは盗賊相手。よって、まったく心は痛まなかった。そのため、実は言うほど悪いと思っていない。


「さてとっ。さっさと攫っていきますか」


部屋に戻ったリンディエールは、外した天窓をきっちり直してから、教皇の痩せ細った肩に手を置いて、自国の王宮へと転移した。


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【覚書】

①幸運転化の宝玉

②穢れた王冠(発見!)

③召喚の杖

④隷属の香石(発見!)

⑤召喚された異世界人一人(発見!)

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