第086話 代表なのですからっ

その日、ブラムレース王は、執務室で長々と続く大臣達からの報告を、うんざりしながら受けていた。当然、宰相のクイントも同席している。


いい加減終わらないかなという態度を見せつけるように、ブラムレースは既に机に片頬を突いてしまっている。


クイントはもう随分前から話など聞く気がないらしく、補佐官達に本日中に裁決する書類を運ばせ、それに目線は固定されてしまっていた。


それでも大臣達からの報告は止まらない。


「で、ですから、辺境ばかり守るというのは……」

「大繁殖期に入ったのです。辺境だけが魔獣の脅威に晒されているわけではありません!」

「王の居られるこの王都を中心として、中央こそが重要なのですっ」

「我々が倒れたら、国は立ち行かなくなるのですよ?」

「迎える危機はどこも同じです。予算も、辺境だからと増やすのは、多くの者の反感を買うだけでしょう」


この大臣達を筆頭に、中央寄りの領主達もそう意見するためにこの場に来ていた。


今日に始まったことではなく、何度も何度も朝から晩まで、この訴えをバラバラと持ってくる。それは、直接ブラムレースにだったり、クイントにだったりした。


それが鬱陶うっとうしくて、ならばまとめて聞いてやると、今日この場を設けたのだが、全く無駄な時間だったと言える。


「あ〜、お前らが言いたいのは、辺境ばかり贔屓ひいきするなってことだろ。何度も言葉変えて言うんじゃねえよ」

「それは……っ」

「端的に言いますと、そうなのですが……」

「……はあ……お前らなあ……」


明確にしないのは、何とかして優位に立とうと考えている時の常套手段だ。自分達ははっきり言っていないし、決定したのは王だから、後に何か問題があり、責任を追及されても言い逃れが出来る。


貴族達は、常に責任転嫁できるように立ち回るものだ。口だけで、自分は行動に移さないということも多々ある。


こういう、助け合いが必要な時にそんな考え方のまま、口を出してくる者たちを、クイントは心底軽蔑する。


その時、ブラムレースにヒストリアから連絡が来た。クイントが口を開くのを確認し、ブラムレースは密かにヒストリアと会話を交わす。クイントが相手をするならば、しばらくブラムレースの出番はないのだ。


その間にクイントは、書類から目を離すことなく、淡々と大臣達に指摘していた。


「今まで能天気に構えていたツケが回ってきているだけでしょう。いつでも問題ないよう準備をしてきた辺境の方に嫉妬して、嫌がらせついでに同情を誘い、国から援助してもらおうとしているんですよね? これまで出ていた領費はそれとして、新たに費用を出せと、あなた方はそう言いたいのですよね?」


どの領にも、領の運営費の中に、本来は魔獣や他国の問題における防衛費として準備するためのものがある。だが、彼らはそれらを正しく割り振ってこなかったのだ。中央寄りの土地では、魔獣被害が比較的少ない。他国からの侵攻の心配もないと、高を括っていた。


そこへ、大繁殖期がやってきた。たいてい、大繁殖期では、通常の二倍から三倍に魔獣や魔物が増えるといわれている。彼らは慌てた。いつもならば、冒険者達に任せておけば、適当に間引いてくれる。だから、彼らにとっては、屋敷に居れば魔獣や魔物の存在感など、ほとんど話に聞くだけだった。


出会うのは王都へ移動する道中。けれど、それも護衛だけで問題なく、中には、目にすることもなく過ごしてきた者もいるくらいだ。


だから、目の前にまで迫られるような現状に来て、慌てたのだ。急いで守りを固めなければと。


「っ……そ、そんな……こ、ことは……っ」

「わ、我々はっ……あくまでも、民を守るために……っ」


クイントが顔を上げ、不機嫌な表情を隠しもせずに、彼らを睨みつけた。


「民のためだと言うのなら、あなた方や屋敷の警護に割いている者たちを、町の守りに使いなさい」

「っ、そ、そんなことしたらっ、我々はどうなるのです!!」

「我々は守られるべき、国の礎なのですよ!!」


自分たちの身を守ることだけしか考えていないのが分かりやすい発言だった。クイントはこれを鼻で笑い飛ばす。


「はっ、礎ですか……ならば、そのまま礎として、町のために散ったらどうです?」

「っ、な、なんてことを!!」

「宰相といえど、許される発言ではありませんよ!!」


激昂する大臣達など、クイントにとっては癇癪かんしゃくを起こす子どもと同じくらいにしか感じられない。


「それくらいの気概もなく、国の礎などと……よく言えたものですね。恥ずかしくないのですか?」

「っ、わ、我々を侮辱するのか!!」


ここで、クイントはもうかなり面倒くさくなっている。両肘を突いて、手に顎を乗せる。


「その我々って、何です? 自分一人の意見もはっきり言えないんですか?」

「わ、我々っ、我々は、我々です! 貴族の代表としてっ……」

「随分と代表の人数が多いですねえ。それと、その貴族の中に、デリエスタ卿やリフス卿も入っているのですか? 代表と言うからには、入っているんですよね?」


少し笑ってクイントが問いかければ、反射的に頷きが返ってきた。


「も、もちろんです!」

「ですから、特別扱いは無しにすべきなのです」

「最近は、実力ある冒険者達が、辺境の方に集まっていると聞いています。冒険者が居るならば、それほど領費として使わずとも良いでしょう」

「そうです。ですから、辺境への領費は少し削っても……っ」


クイントは、片手を上げて言葉を、遮った。クこの時、彼は内心、ニヤリと笑っていた。正確にその内心の表情を読んでしまったブラムレースは、目だけ逸らす。


ブラムレースが今までこそこそと誰と話していたのかも、クイントは察しているのだ。そして、目の端に映したブラムレースの表情などから、彼はこれから起きる状況を導き出した。


「そこまで言うのでしたら、あちらに詳しい者に聞いてみましょうか」

「デリエスタ卿にですか? さすがに王都に来られる状況ではないでしょう」

「わざわざ聞きに行くものでもありませんよ」

「そうです。我々が代表なのですからっ」


クイントが有言実行なのは、彼らも知っている。だから、無理だと思いながらも、少し焦りを見せた。最も効果的な場面はここだろうと、クイントは部屋の扉へ目を向ける。その人は決して期待を裏切らない。思わず笑みが漏れた。



バンっ!



突然開かれた扉。そこに居たのは濃い緑のワンピースを着た少女。


「おもろい事になっとるやんっ。ご指名の『あちらに詳しい者』を連れてきたで!!」


リンディエールの後ろには、ベンディと前デリエスタ辺境伯であるファルビーラ。そして、その隣に立つ女性を見て、貴族達が腰を抜かした。


「あなた方の見解を、是非詳しく・・・聞きたいわねえ」

「「「「「ひいっ!!」」」」」


染血の参謀、ヘルナの登場に、半分ほどは既に土下座していた。


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読んでくださりありがとうございます◎

次回、来週の予定です。

よろしくお願いします!

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