第083話 腹割って話そか

腹黒そうな男がお付きの者達と部屋を出て行き、完全に気配が遠のいたのを確認してから、リンディエールは天窓を静かに外す。音の遮断は魔法で完璧だ。


気配もしっかり消しているので、そのまま取り外した窓を空間収納に入れてしまえば、何事もなかったようになる。


どのみち、隷属の腕輪をした少女は、どうやら大人しくしていろとの命令を受けて、ベッドの端に座り、呆けているため、気付かないだろう。


小さな天窓だったが、年齢よりも小柄なリンディエールは、問題なくそこを抜けられた。そして、静かに部屋の中に降り立つ。ベッドを挟んで、少女の後ろだ。


部屋の外に声が漏れないよう結界を張ると、リンディエールは、そっと少女に声をかけた。


「こんにちは」

「ッ、だ、誰っ……っ」


飛び上がって驚く少女。突然背後に現れれば、怖いだろう。だが、恐らくそれくらいの衝撃がなければ、呆けたままだっただろう。


「私はリン。あそこから入って来ました。驚かせてごめんなさい。ここの人たちは信用できないから」


初対面の人相手には、話し方も気を付けている。


「っ……あんた……殺し屋……?」

「いえ。怪盗です。下調べ中で」

「……か、かいと……怪盗? 泥棒のこと?」


流石に怪盗という答えは、予想外だったらしい。だが、お陰で警戒心が少し薄れた。


「そうです。あなたをここから盗み出そうと思って」

「っ……!」


ニコリと笑えば、少女は頬を赤く染めた。リンディエールは、中身が残念だが、間違いなく美少女なのだ。


「少しは信用してくれました? お名前をお聞きしても?」

「……天野悠あまのゆう

「天野さん。ではまず一つ。静かに聞いてください」

「っ……うん……」


リンディエールはしーっと人差し指を立ててから告げた。


「天野さん。あなたは、異世界からこの国の上層部の思惑によって召喚されました。神が喚んだわけではありません。神は寧ろ、許していないことです」

「っ、やっ、やっぱりっ……!」

「落ち着いて。奴らの術が発動してしまいます。深呼吸しましょう。あなたは今、『騒がず大人しくしていろ』と命令されています」

「っ……め、めいれい……っ」


彼女の顔から、サッと血の気が引くのが見て取れた。しかし、きちんと呼吸は整えてみせた。リンディエールはそれに素直に感心する。思わず言葉も出ていた。


「さっすが運動部……自分を律すること知っとるなあ」

「……え……?」

「あ……ははっ。ネコが剥がれてもうたわ」

「え? え!? 関西弁?」

「こらこら、落ち着いて。まあ、素が出たんはしゃあないわ。腹割って話そか」

「っ……あんた……」


どのみち、素で話した方が良さそうだ。


「先ず、確認や。ここが地球やない、異世界やって、認識は出来とるか?」

「っ、そ、それは……うん」

「因みに、転移や転生についての認識は?」

「分かる。漫画も、小説も嫌いじゃなかったから」

「そんなら話は早いで」


地球のこの文化は有難い。これに感謝する日が来るとは思わなかった。


「そっちが転移」


彼女を指差し、次に自分を指差す。


「こっちが転生。そんで、乙女ゲームの世界に似た所。ってことで、事情はかなり端折はしょれるわ」

「……理解した」


やはり便利な文化といえる。


「ウチのこれまでの経験から言うとな。ちょいやった乙女ゲームと同じ登場人物がおるねんけど、シナリオ通りにはいかんようなんや。性格とか、関係性とかは、ゲームでやった記憶とはかなり違っとる」

「……ゲーム……あっ、その髪と眼の色! リンって、辺境伯令嬢のリンディエール!?」

「なんや……ゲーム知っとるん?」

「うんっ、妹と母さんがハマってて。両方やったんだ」


知ってるなら、更に話は早い。だが、そこで一つ引っかかった。


「ん? 両方?」


二つあるように聞こえた。それは間違いではなかったらしい。


「あ、うん。『不屈の聖女』……『聖女よ屈すること勿れ』には、十代から対象の『学園の夢』と三十代から対象の『不実の園』の二つがあるんだ」

「……知らんかった。なら、ウチがやったんは、学園の方か?」


攻略対象の世代から、そうだろうと予想する。ゲームの名前さえ曖昧なのだ。どれだけいい加減に手を出していたか分かるというものだ。記憶玉で確認もしたが、かなりスキップしていたため、内容も曖昧だった。


「そうじゃないかな。不実の方は、父親とかが攻略対象になるんだ」

「……まさか……宰相さんとか……」

「あ、うん! そう! 不実では、母さんもクイント推しだった。優しくて、仕事中はクールで……隣にそっと寄り添ってくれる知的穏やか系……」

「……穏やか……クール……???」


押せ押せな腹黒とは、印象が真逆に近いなと、首を思いっきり捻る。


「あたしは、泰然と構える大人な王も良かったけどね〜」

「大人……」


大きな子どもの間違いではないか。


「けど、隠しキャラの俺様な魔族のグランギリアも捨て難いっていうか」

「……俺様……」


それは誰だろうか。


この頃、リンディエールとしては、この世界はただ乙女ゲームに似ているだけの別の世界との認識になっていた。しかし、これを聞くと、もしかしたら、不実の方のシナリオが働いているのかもしれないとも思えてくる。


だが、それにしては、キャラが違い過ぎる気がする。


リンディエールが少し遠い目をしていると、天野悠がゲーム内容を思い出すように、宙へ視線を投げる。


「でも、不実の方はリンディエールは出てこないよ? ライバルは母親とか、グランギリアだと教え子だったし」

「……プリエラ?」

「それ! 陰険なメイド」

「陰険……?」


陰険だろうかと眉を寄せる。


「え? 居るの? ここ、本当にゲームの世界? なら、真の隠しキャラだっていう、竜王も居るの!? すっごいカッコいいって、情報サイトに上がってたんだけど、絶対に映像は流れなかったんだ。見たい! どんな人だろうっ」

「……」


これはヒストリアのことではないかと思い当たる。


「あ……けど、そうなると……これからここで修行したり……っ、ちょっ、やっぱり帰れないの!?」

「こらこら。だから落ち着きい」


宥めてはみるが、どうやらこれくらいは、大丈夫のようだ。


「ご、ごめん。ちょっと興奮した。でも、帰れないと……やっぱり夏の大会は無理なんだ……」

「一度、神に確認はしてみるが、無理やろうな。ここへ来る前は、何しとった?」

「え? あ〜……あれ? 思い出せない……」

「そうか……まあ、無理に思い出さん方がええわ。そんでなあ、本題なんやけど」


ようやく本題だ。腕輪をどうにかしなくてはならない。


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