第082話 タヌキか

塔の中。中心にある天蓋付きではあるが、派手さのないベッドに腰掛け、俯く少女の姿があった。


リンディエールは、小さな天窓の端からその人を観察する。


髪はショート。それもかなり短めのショートだ。体育会系女子の中でも、かなりボーイッシュな人がやるという感じがする。


中学生だと判断したのは、セーラー服が壁際にある二人がけのソファに脱ぎ捨ててあったからだ。


彼女が今着ているのは、教会のシスターの服と同一のものだ。灰色のワンピースで、腰の所で結ぶ紐は、階級によって色や飾りが違うらしい。座っているので、その違いまでは見えなかった。


「……なんや、イメージとちゃう……」


これがリンディエールの感想だ。


「黒髪は合っとるが……腰まであったような……」


ゲームで主人公となった聖女は、長い黒髪を三つ編みにして現れたはずだ。


「めっちゃ記憶が曖昧やけど、それは確かのはずや……」


天窓から離れ、日の光を浴びて暖かくなった塔の屋根に背をもたせかけて腕を組み、記憶を探る。しかし、やはり少し地味目の黒髪三つ編み少女で間違いない。


「それに……」


もう一度確認のために窓を覗く。気になっているのは彼女の身長だ。


「バスケ部と見た!」


少女なのは、横顔から見ての判断。だが、大人なのではないかと迷いが生じるほど背が高そうなのだ。


そして、唐突に少女はベッドから降り、唯一のドアに向かう。



ドンドンドンっ!



力一杯叩き出した。


「開けろ! 誰か居るんでしょ! さっさと家に帰してよ!」

「……」


勝手なイメージだが、口の悪さからも運動部と断定する。


「異世界とかふざけんな! あたしの夏を返せ!」

「……おう……紛れもない運動部……それもガチ勢やん……」


彼女は本気で怒っているようだ。ドアを壊す勢いで足まで出始めていた。


そこに、さすがにまずいと思ったのか、数人の男女が入ってきた。


リンディエールは耳を澄ませる。先頭にいるのは、初老の男性。腰の飾りを見るに、司教のようだ。表情は柔らかいが、目は鋭い光が宿っている。


「タヌキか……」


腹黒そうだとリンディエールは警戒を強めた。


「申し訳ございません、聖女様。先日もお話しいたしましたが、今すぐにお帰りになることはできません。私どもも、どうすることもできないのです。聖女様は、神に選ばれて、こちらに落とされたのです。私どもの預かり知らぬ所……なんとかお帰りになれるよう、過去の文献なども確認しておりますので……」


その男の声は、穏やかだった。しかし、含まれるものはある。


リンディエールは目をすがめる。


「……まさか、自分たちは関係ないとか言うとるんやないやろな……」


そう聞こえた。


「あんた達、本当に何もしてないって言うのか? あんな所に集まってて?」


体育会系女子の勘は侮れない。怪しいと思っているようだ。だが、そこはタヌキだ。平然とシラを切るつもりのようだ。


「もちろんでございます。あの日は、月に一度の集会を開いていたと、先日もご説明いたしました。私どもの代表である教皇が、病に倒れておりまして、次代の選抜をどうするかとの話し合いをしていたのです」


困り顔で説明しているが、その表情がリンディエールにはわざとらしく見えて仕方がなかった。


「……嘘じゃないんだね」

「はい。神に誓って、嘘ではございません」

「……そう……」


これを、何度か続けたのだろう。少女は、もう信じるしかないと諦めた様子を見せていた。肩を落とし、俯く。しかし、そこで、司教が少し笑うのをリンディエールは見た。


「……やっぱ、タヌキやな」


そして、司教はその笑みを隠すように、後ろを振り向いて、何かをお付きの者から受け取った。


こちらを向いた時には、先ほどの気の毒だと思っているという表情を、完璧に作っていた。


「ああ、そうです。これを着けていただけますか? 今日までに調べた所、異世界から来られました聖女様の力は、時間が経つに連れて扱いにくくなります。聖女様の世界では、魔法がないとか。魔力は慣れないものでしょう。それを、安全に制御するための、これは御守りでございます」

「御守り……腕輪? はめればいいの」

「はい。万が一にも暴走しては、体を壊してしまいますので」

「……分かった……」


リンディエールは急いで鑑定をかける。



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守護の腕輪(偽装/隷属の腕輪)

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やっぱりと思うのと同時に、壊す算段をつける。詳細鑑定すると、それが分かる。



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・主人の腕輪を外す

・魔力を限界まで注ぎ込む(10,000)

・主人よりレベルを上げる

いずれかの条件で使用不可となる。

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案外、簡単そうだ。だが、リンディエールは考える。そして、意見を聞こうとヒストリアへ通信する。


「ヒーちゃん、ちょい聞きたいことあるんやけど」

『どうした?』

「隷属の腕輪なんやけど、主人に気づかれんように、使用不可にするような方法ないか?」


話しながら、ニヤリと笑いそうになる。それが出来たら、あのタヌキを出し抜けるのだ。出来たら面白い。


『ふっ、あるぞ』

「やっぱりか。教えて♪」

『ふふっ。魔力を一息に破壊可能な魔力量の五倍以上を、付いている魔石に入れるんだ。そうすると……主従が入れ替わる』

「っ、マジか!」


思わず大声を出しそうだった。


「それは笑えるやんっ」

『ああ。魔石の中に小さな光が宿れば成功だ』

「ふはっ、なあ、けどそれ、そのバグ? バレとらんの? 改良されとったりせん?」


そんなことになる物を、ずっと使うものだろうか。


『アレは、人族には作れないものでな。今あるのは、過去の遺物だろう。元々、人族をハメるためにエルフ族とドワーフ族合同で作ったものだからな』

「それ、主従ひっくり返すのを前提にしとるゆうことか?」

『そうだ。まあ、何より、人族では破壊可能な魔力量さえ、出せないだろう。さすがに、今は他の種族には警戒するかもしれん』


その裏技がバレていたとしても、10,000もの魔力を魔石に込めるなんてこと、一般平均がその十分の一の人族には不可能に近い。高い人でも10,000もの魔力を出せば、ゆっくりやってもかなりキツイ。


ちなみに、魔法師長のケンレスティンの魔力量は20,000を少し切るくらいだ。


「なるほどなあ。分かった。それ、他人でもええんやな?」

『ああ。人族に、他種族が協力するとは、思っていないんだろうからな』

「そんなら、問題あらへんな」

『まだ探索するんだろ? 見つからないように気を付けろよ』

「任せえ!」


そうして、話している間に、ベッドに座り、呆然とする少女だけが部屋に残されていた。


「今すぐ解放したるでな」


リンディエールは、静かに天窓を外した。


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読んでくださりありがとうございます◎

来週は厳しいかもしれませんが

出来たら投稿します。

よろしくお願いします◎

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