第066話 ヒーちゃんがデレた……
リンディエールは、ヒストリアと毎晩眠るまで通話の魔導具で話をする。時間ができれば転移ですぐに会いに行くという付き合いを続けていた。
その場を動くことができないヒストリアの時間はいくらでもあるし、留守にすることがないため、リンディエールの好きなタイミングで会いに行けるのは有難いと思っている。
とはいえ、誰よりも強くヒストリアをあの場から解放したいと願っているのもリンディエールだ。
昼はヒストリアと食べると言って出た。グランギリアには王子達の世話もお願いしているため、リンディエールは一人、転移でヒストリアの近くに飛んだ。その際、目の前に出ないのは、礼儀として当たり前だと思っている。
ヒストリアの居る場所の前には、リンディエールが数年掛けて整えた広めの空間がある。
木も刈ったため、いい具合に日の光も差し込んで、暗闇の森と呼ばれるこの森の中で、気持ちの良い場所となっていた。
そこにはリンディエールの造った大きな屋根付きのキッチン。バーベキューも出来るようにしてある。
そして、一画にはリンディエールやグランギリア、プリエラ達が泊まれるように創った立派な家も建っていた。庭も作り出しており、今や別荘地と言っても良い場所に変貌している。
そんな場所に森の端に出たリンディエールは駆け出ていく。
「ヒーちゃ〜ん! お昼何食べたい〜?」
《相変わらず突然だな。そうだな……オムレツ》
「オムライスやのおてオムレツ!? 男ならガッツリ系で攻めてこんかいっ!」
リンディエールのこのテンションもいつものことだと、慣れたヒストリアは拗ねたように言う。
《いや、食べたいものだって言うから。米は今在庫が少ないって言ってただろ》
この様子を見れば、仲の良い恋人同士と勘違いされても仕方がない。だが、リンディエールもヒストリアも全部素だ。
「せやったっ。品種改良中やでなあ。分かった! なら、パンは何がええ?」
ヒストリアのオーダーで、パンはクロワッサン。朝食のようなラインナップになってしまったが、ヒストリアが嬉しそうに食べているので良しとする。
《それで? 何か相談があるんだって?》
ヒストリアは器用に指先でクロワッサンを摘んだり、大きめに作ったふわふわのオムレツを長いフォークで食べながら尋ねてくる。
それに対して、リンディエールはキッチンスペースの横に作られた広いテーブルについて食べていた。外はサクサク、中はしっとりとしているクロワッサンの出来を満足しながら頬張る。それを飲み込んで答えた。
「んっ、ああ。あんなあ、今家に王妃らが来とるやろ? その王妃が、ヒーちゃんに会いたい言うねん。そうなると、兄いや父達にも会わせんと文句言われるやろ」
《なるほど……俺は構わないぞ》
「……ヒーちゃん……」
《リンは気にし過ぎだ。そういう所……すっ……嫌いじゃない……》
「ヒーちゃんがデレた……」
《なんだよっ。いいから、好きな時に連れて来いっ》
リンディエールはヒストリアが傷付くのは嫌だと思っている。『暴虐竜』という見当違いな酷い二つ名のイメージだけでヒストリアを見られるのも我慢ならない。
そんなリンディエールの想いを、ヒストリアはきちんと理解している。大事に思ってくれていることに、ヒストリアも気付いているのだ。
リンディエールが気にしてくれるから、ヒストリアもその他の者たちが自分をどう思おうと最早どうでも良くなっているのだが、それは恥ずかしくてリンディエールに伝えていなかった。
双方の想いを知っているのは、グランギリアとプリエラくらいだろう。
「ははっ。ほんなら、夕食に招待しよか。明日は天気も良さそうや。月が綺麗に見えんで」
《あの王と宰相も呼んでやったらどうだ?》
ニヤリと笑うヒストリアの提案に、リンディエールは少し考える。答えが出る前に、ヒストリアが追加する。
《友人だと言っていたベンちゃん? にも会ってみたい》
「ベンちゃんも?」
リンディエールはこの提案に驚く。けれど、すぐに嬉しくなって頷いた。
「ええで! 半分、お疲れ様会やなっ。大人数でここで夕飯は楽しみやなあ」
ヒストリアが外の世界に関わろうとしていることが嬉しかった。何がなんでも連れて来ようと計画を立てる。
《楽しみだ。そうだな……ロールキャベツが食べたい》
「ッ、任せえ! よしっ、午後からは買い物や!」
珍しいヒストリアからのリクエストに更にやる気も出る。最高に新鮮で美味しいキャベツを仕入れねばと予定を入れた。
《デザートはこの前食べたバニラアイスがいい》
「気に入ったん!?」
《紅茶で溶かしながら食べるのが良かった》
「アフォガートやなっ。ぴったりな茶葉があるねんっ。グランも気に入っとったようでなあ、研究しとったで」
《楽しみだっ》
本当に好きになったらしい。弾むような声を聞き、リンディエールはこの後の計画を立てていった。
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