第059話 今後とも良いお付き合いを

ベンディ・リフスと父ディースリムの居る場所に向かいながら、少しばかり打ち合わせをした。後ろには、当然それぞれの侍従と侍女が付き従っている。よって、周りからは否応なく視線を集めていた。


とはいえ、それを気にするリンディエールではない。そして、リンディエールが気にしなければ気にならないのがフィリクスだ。


「対外的な事情もあるしな。ウチは後ろで大人しゅうしとるわ。兄い、頼むで」

「うん。リンに惚れてもらえるように頑張るよっ」

「……ま、まあ、期待はしとるでな……」

「任せてっ」


やる気に満ちているようで、結構なことだ。


そうして、リンディエールはフィリクスから手を離してもらい、斜め一歩後ろに立ち止まった。


「お話中失礼いたします」

「ああ。フィリクス。丁度良いところに……ご挨拶なさい」

「はい」


ディースリムに促され、フィリクスはベンディ・リフスと向き合う。ディースリムより二回り近く大きいベンディだ。圧迫感があるだろう。けれど、フィリクスは至って冷静に挨拶をした。


「お初にお目にかかります。デリエスタ辺境伯、第一子、フィリクス・デリエスタと申します。以後、お見知りおきください」


フィリクスは丁寧に胸に片手を当てて礼をした。


これにベンディだけでなく、周りで見ていた大人たちも感心する。学園に通う前の子息でも、これほど自然に、美しくできる者はいないだろう。


「っ、ベンディ・リフスだ。今後は領が隣り合うことになる。顔を合わせる機会も増えるだろう。息子達を紹介しておく」


ベンディは、後ろにいた二人の息子へ挨拶するように促した。


「……リフス伯爵、第一子、ケルディアだ……よろしく頼む……」

「こちらこそ。今年から学園に行かれるとか。一年ですがご一緒できますこと、楽しみにしております」

「あ、ああ……わ、私も楽しみにしておく」

「はい」


フィリクスが柔らかく笑めば、ケルディアはタジタジとしながらも頬を染めて目を逸らしていた。


『素直で眩しい年下』を演じているらしいフィリクスの背中を見ながら、リンディエールは必死で笑いを堪えていた。


次に次男だ。


「リフス伯爵、第二子のガルセルスという」

「初めまして。ガルセルス様とは、同学年になると思います。是非、友人として仲良くできたら嬉しいのですが」

「そ、そうだな……よろしく……」

「よろしくお願いします」


ガルセルスは少し不満そうだ。ベンディから以前聞いたところによると、彼はモロに脳筋系。性格も最近は特に荒々しく、力が全てと思い上がっているらしい。よって、細身で女のようにも見えるフィリクスとは合わないと思っているのだろう。


それでも波風が立たなかったのは、恐らく父親であるベンディが側にいるからだ。学園で顔を合わせていたら、良くても無視だろう。


そんな二人の男子の心の内を見透かしながら、フィリクスは少し身を引いて穏やかな笑顔のまま、リンディエールへ手を差し出した。


「私の妹も挨拶させていただいてよろしいでしょうか」

「あ、ああ……っ」


ベンディは、静かに目を伏せて控えるリンディエールを見て少しばかり動揺した返事を返す。ベンディがボロを出す前にとリンディエールは構わず口を開いた。


「デリエスタ辺境伯、第二子、リンディエール・デリエスタでございます。お会いできて光栄に存じます」


周りが息を呑んだのがわかった。刹那の無音は気付かないふりで、片足を引き、流れるように完璧なカーテシーを決める。


背筋は曲がってはならないので、地味に体の軸を意識させられる。子どもには美しくなど難しい。流れるようにとはいえ、美しく見せるにはきちんと体勢を維持するというものが必要だ。


それをリンディエールは、ヒストリアやグランギリアに厳しく教えられた。大人達までもが見惚れる出来だった。


当然だが、突然目の前に現れた完璧な淑女を演じるリンディエールに、ケルディアとガルセルスは息を止めた。彼らは、淑女というものに免疫がない。次第に耳を赤くしていた。


これはもう落としておこうと、リンディエールは必殺の淑女の笑みを繰り出した。口元を優雅に手で隠して目を細める。


「ふふっ。お兄様。リフス家の方々にお会いできましたら、御礼をと仰っていませんでしたか?」

「っ……う、うん……」


小首を傾げて問えば、フィリクスまでもが落ちてしまっていることに気付く。差し出されたままになっていた手にそっと手を重ねると見せかけて、周りに分からないように親指で引っ掻いてやった。


「っ、そうだったね……リフス伯爵。この度は、大切な御子息の一人を侍従として推薦いただき、心より感謝しております」

「……侍従……っ、セラビーシェル……」

「は? っ、なっ」

「あいつが、侍従っ!?」


どうやら、セラビーシェルに気付いていなかったらしい。家に居ても、部屋に閉じこもっていたセラビーシェルだ。弟とはいえ、力がないと決めつけていた兄達は、もう意識するのも嫌だったのだろう。


侍従の制服は、黒系統でまとめると決まっているだけ。よって、グランギリアが用意したデリエスタ家の侍従の制服は、少し青みがかったものだ。形はスマートで、シルエットで見ても、とてもカッコいい出来だ。


装飾も付いているが派手過ぎずさり気ない。数個付いている大きなボタンがまた可愛らしい。胸元の一番上のボタンには、デリエスタ家の紋章が描かれている。


因みに、ボタンは侍女の服と共通しており、デザインも同質にしていた。カッコ良さと可愛さが絶妙なバランスで配置されているのだ。


だからというわけではないが、セラビーシェルは彼らの知る印象からはガラリと変わっていたのだ。


何よりも真っ直ぐに彼らへ目を向けることなど初めてだった。驚いて当然だ。


そんなセラビーシェルは、静かに礼をした。所作も侍従として完璧だった。


「ラビは物覚えも良く、既に一流の侍従と遜色ないほどです。指導した方々からも『お墨付き』をいただいております。改めまして、これほどまでに素晴らしい逸材をお勧めいただき、感謝いたします」


フィリクスは心からの感謝を示して見せた。


二人の兄は、表情が定まらないようだ。驚きと悔しいという色も見て取れる。まずまずの反応だ。この場ではこんなものだろう。


ベンディも驚くばかり。しかし、このままではいけない。周りも注目しているのだから。


「っ、それは……っ」


リンディエールがさっさと対応しろと、ベンディにピンポイントで威圧をかけると、ベンディがようやく正気付いた。


「うむ。それは良かった……こちらこそ、上手くやれているようで安心した。これ以降も存分に使ってもらいたい。家の絆も出来るというものだ」


ベンディがディースリムへ向き直れば、ディースリムもはっとして答える。


「え、ええ。喜ばしいことです。今後、協力することもあるでしょうし、このような良い繋がりを持てましたこと、私からも感謝いたします」

「あ、いや……では、これからも良い関係を築いていくということで」

「今後とも良いお付き合いを」

「ですな」


ベンディとディースリムは握手を交わした。


フィリクスがほっと息を吐いたのが分かり、思いの外、緊張していたのだと気付く。


そうして、労ってやるかとフィリクスに半歩近付いた所。そこに狙ったように宰相が現れたのだ。


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