第011話 心配は必要ありません

それは、リンディエールが倒れた後に起きたこと。


朝日が昇る頃。領主館に報告が届いた。


「報告いたします! ゴブリンの掃討が完了いたしました!」

「っ、そうかっ……っ、被害は」

「詳しい報告は俺から」


部屋に入ってきたギリアンは、疲れた顔をしながらも、見て来たことの報告を始めた。


「森の中に戦場を作ったことで、魔法師達も実力を発揮できました。提供されたらしい武器により、誰もが本来の実力以上の力を出せていたようです」

「……一体誰が……」


思考を始めようとすれば、すぐにギリアンが続ける。


「被害ですが、死者はゼロです」

「っ、ゴブリンキングが居たのだろう? 災害クラスだぞっ」


多大な被害が予想される事態には、五段階で表される。



【暴走クラス】町や村が幾つか消える脅威度。

【災害クラス】一つの領が消える脅威度。

【大災害クラス】領がいくつか消える脅威度。

【厄災クラス】国が一つ消える脅威度。

【大厄災クラス】国が幾つか消える脅威度。



今回はゴブリンが三千以上。その中にBランク以上が約五百。ゴブリンキングは単体で町や村を潰していける脅威度Sクラス。取り巻きのゴブリン達が後千も居れば【大災害クラス】だった。


国で自慢の騎士を出したとしても、半数は死傷者を出すだろう。それがゼロ。あり得ないと思うのも無理はない。


「言ったでしょう……冒険者達は武器のお陰で実力以上の力が出せていました。俺が見た感じでは、ランク一つ底上げしていましたね」

「武器でか? そんなことが……っ」


現在、この領に居る冒険者の大半はDランク。それが一つ底上げされてCランク相当の働きが出来た。Cランクも数人居たので、それらはファルビーラ達と同じBランク相当になる。一人で数百のゴブリンを葬れる実力だ。


「そんな反則的な武器を使った上で、湯水のように回復薬を使い、動けなくなった者を即座に復活させていました。あれが訓練だったら……地獄ですよ……」

「っ……」


戦線離脱が許されない。精神的に追い詰められようとも、動けるようになれば目の前の相手を倒すしかない。そこには狂気があった。


「最後の一匹を倒し終わった後、立っている者はおりませんでした。半日以上、戦いっぱなしでしたからね。今は兵達に介抱させています。怪我もほとんど治されていたので、目立った怪我人もおりません」


回復魔法の使い手達は、気絶する直前まで魔法を行使しており、やり切った表情で眠ったらしい。


「……父上達は……」

「ファルビーラ様達も同じです。今は眠っておられます。お嬢を……ゴブリンキングを一人で倒し切ったお嬢を両側から抱きしめて、仲良く気絶しておられましたよ。その周りに他の『大鳥の翼』の面々が居て、少し笑いました。お嬢も含め、とても満足そうな笑みを浮かべていましたから」

「……え……? ま、待ってほしい……ゴブリンキングを一人で倒したと……聞こえたのだが……」


これにギリアンは嫌そうに顔をしかめた。同じことを何度も言うのは好きではないのだ。ここでもう、配下の者ではなく一人の友人として忠告する。


「はあ……そう言っただろう……いいか、ディース。これは友人としての忠告だ。お嬢を敵に回したら死ぬぞ。俺、助けねえから。本当に気を付けた方が良いぞ。俺だけじゃなく、使用人達も今回のことで、守るなら当主であるお前じゃなく、お嬢が一番に来る。そろそろ本気でお嬢との関係を考えないと、当主であっても叩き出されるぞ。ファルビーラ様も居るしな」

「……」


ギリアンの心からの警告だった。因みにリンディエールに蹴り飛ばされた護衛を含め、この場でリンディエールを見た者は、全員が青い顔でカタカタと震えていた。


今日この時から、今後リンディエール・デリエスタと関わる可能性のあるこの場に居る者たちは、遺書を用意し、部屋をよく片付けることを誓った。


部屋の片付けなど一生出来ないと思っていたギリアンでさえ、その後時間を作っては断捨離に努めたという。これをリンディエールが知るのは数年後のことだ。


そして領主、ディースリム・デリエスタが諸々の処理を寝ずにやり終えたのが三日後。帰宅し、真っ先に確認したのは父母と娘のリンディエールの様子だった。


ファルビーラ達も、昼間はギルドに詰めてこちらも事後処理に追われていた。だが、日が暮れる前には帰宅し、リンディエールの部屋に入り浸っている。目覚めるのを待っているのだ。使用人達も部屋の前を通る度に覗き込んでいた。


だが、そんな中でディースリムが見に行こうとすれば、使用人達に半ば止められる。



『坊っちゃまのお部屋はあちらですよ?(笑)』

『迷われたんですか?(嘲笑)』

『こちらに何かご用がお有りでしたか?(不信)』



白々しい嫌がらせだが、そう言われると、正直に娘に会いに来たなんて言えない。今まで存在さえ忘れかけていたのに、図々しいことだと分かっているのだ。


その上、今回のことでリンディエールはこの領を救った英雄だ。英雄になったから気になり出したなんて思われるのは嫌だ。これは、ディースリムの最後に残った意地のようなものだった。


そうして、何とかリンディエールと関わりを持つ方法を考え続けた。


当然だが、そんな様子に妻や息子も気付く。早く帰って来たため、息子の部屋で夕食を一緒にということになったのだ。


「父上っ。お仕事お疲れ様です」

「あ、ああ……」


息子は、最近は調子が良いようで、部屋からは出られなくても、ベッドから降りてテーブルにつくことができていた。彼は今年で十二歳。リンディエールとは二歳半違う。貴族家では、長男は総じて弱くなるため、次男、三男が必ず必要になる。早い段階で、次の子をもうける必要があるのだ。


デリエスタ家も例に漏れず、リンディエールの下には更に二歳下の次男がいる。その次男は、母方の祖父母に預けられていた。母親は長男の事に掛り切り。だが、娘のリンディエールと違い、もし長男がダメになれば、その代わりにこのデリエスタ辺境伯家を継がなくてはならない。


継がないことになっても、兄の補佐はしなくてはならないのが次男だ。教育は必要だった。その教育を任せたのだ。


貴族家の長男は、十四歳頃までに普通の生活が出来るようになれば、不思議とそこからは回復していくと言われている。十五歳に王都の学園に行くことができれば確実だ。


長男は本を読むのが好きで頭も良く、察しも良いらしい。ディースリムが何があったのかを説明すると、彼は何かを考え込む。


「どうした?」

「いえ……私も妹に会いたいなと思いまして」

「……そう……だな……」

「そもそも、私はお尋ねしておりましたよね? 母上にも、妹を放っておいていいのかと」


確かに言われていた。聡い彼は、会えないことを気にしていたのだ。寂しい思いをさせているのではないかと。食事も、母親と一緒にこの部屋でと言ったことがあった。


「そ、それは……」

「だって、あの子は元気で……幼い子どもというのは、部屋でじっとしていられないわ。ここで暴れられたら……」


小さい子は場所を弁えない。大きな声を出したり、泣いたり、走り回ったりするだろう。母親は、長男の体を慮り、リンディエールとの関わりを避けていたのだ。


「お話を聞く所によると、そのような場を弁えない子ではないようですが?」

「で、でも……」

「セリンはお前の為を思ってだな……」

「それです」

「ん?」


真っ直ぐに射抜くような瞳があった。


「私を理由にするのをやめてください。確かに私はこの家の後を継ぐ者です。貴族家に生まれた長男としての役割りは理解しております。ですが、これに妹は関係ない。私が努力すればいいだけのこと。父上や母上の心配は必要ありません」

「な、何を言っている!」

「何てことっ……」


怒りを露わにしても、彼は頑として瞳をそらさなかった。


「世話をしてくれるのはメイド達です。食事を用意してくれるのは料理人です。書庫から本を持って来てくれるのも、勉強を教えてくれるのも父上や母上ではありません。あなた方は、ただ見ているだけだ」

「っ……」

「あ……」


はっとした。心配だと顔に出して、部屋を訪れるだけ。こうして食事をしているだけだ。


「もちろん、養っていただいているのは確かです。ですが、そういう事が言いたいのではありません」

「……ああ……そうだな。言いたいことは分かる……私は……私たちはあの子を蔑ろにし過ぎた……」

「そう……そうね……わたくし……っ、あの子の顔も思い出せない……抱きしめた記憶もないのよ……っ、なんて……なんて母親かしら……っ」


泣き出す妻、セリンの背を撫でながら、ディースリムは真っ直ぐに息子を見つめた。


「あの子が目覚めたら、きちんと謝るよ。そして……領を救ってくれたお礼も」

「それだけではダメですよ」

「いや、他には……」


思い当らなかった。息子はクスリと笑う。


「去年あたりから、食事が変わったと思いませんか?」

「……そういえば……とても美味しくなったが……」


去年まで疲れて味も分からなかった食事が、唐突に美味しいと感じられるようになった。起きるのも辛い日があったのに、それらがなくなったのはその頃だ。


「これらの食事は、体を動かす力の元になる物を、効率的に取り入れることができるよう、考えられているんです。私の食事が少し違っているでしょう。私の体調に合わせたものになっているのですよ」

「……そんな事が可能なのか?」

「はい。これは、古代の『食事療法』や『栄養学』というそうです」


そう言って、彼はベッドサイドに置かれていた本を二冊持ってきた。その内の一冊を差し出してくる。


「どうぞ?」

「ああ……そんな本があったとは……父上のだろうか」


手に取って目を通していく。そんな様子を息子はニコニコと微笑んで見つめていた。


「それはリンが……妹が料理長に持ち込んだそうです」

「は……?」


所々図解があり、分かりやすいなと思って読んでいたので変な声が出た。顔を上げると、ニコニコ顔の息子。


「読みやすいでしょう? 原本を訳したものがこちらです。料理長は、最初こちらの原本を受け取ったようですが、読んでいられないと断ったそうです。すると、二日後にそちらの図解の入った本が渡されたそうです。それも『これでも理解できないなら自分が作ることを許可しろ!』と言ったとか」

「……あの子が……」


リンディエールの姿を思い出してみると、確かにそんなことも言いそうだった。


「それで奮起した料理長が少しずつ読み進め、これらの料理に辿り着きました。いかがですか? 私の妹はとても賢く、強く、情に厚い子だと思いませんか? 誠心誠意、頭を下げるのに問題はありませんよね」

「……そのようだ」

「そうねっ。わたくしも、今までの事を謝るわっ」

「うむ。一緒に謝ろう」


そうして手を取り合う両親を見る息子は、苦笑していた。


「まあ……使用人達がそれを許せば……だけどね。今は特に、お祖父様達も居るし……」


彼は誰よりも今の両親の立場を理解していた。


「……いつ会えるのかな……」


そんな呟きは、両親の耳には届かない。だが、この時、この部屋の様子を窺っている者がいた。ヒストリアだ。


リンディエールが心配で、使い魔を放っていたのだ。


《ったく……息子に諭されんとダメだったとは……リンの奴が興味を持たないはずだ》


リンディエールが時折こぼす『両親どうでもいい発言』本当にどうでも良さそうだったので、どんな親かとヒストリアは逆に気になっていたのだ。


《だが……この兄はリンと気が合いそうだな。この年でこれだけ親にはっきり言えるとは……ふふ。リンと会うのが楽しみだ》


そうして、ヒストリアは未だ眠っているリンディエールを確認して、使い魔を回収した。


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また明日!

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