第012話 美少女は泣かしたらあかんねん

ゴブリンキングとの死闘の後、目覚めてから一日が経った。


リンディエールお手製の万能薬は、初級であっても効き目は確かで、寝過ぎてふらつく以外は完璧だった。なので、午後からは普通に動くつもりだったのだが、祖父母によって断固反対と部屋に閉じ込められたのだ。


もちろん、転移が使えるリンディエールだ。ドアが閉じた途端にニヤリと笑ってからヒストリアの所に行こうとした。しかし、その時慌ててファルビーラが戻ってきたのだ。



『転移できるの忘れとった! 逃がさんぞ!』



思わず舌打ちしたリンディエール。それから祖母も加わり、何故かお説教大会になった。前世からの習性で、お説教の時には正座をしてしまうのはご愛嬌。


シュルツがたまに見に来てはうんうんと頷いて去っていく。助けろやと目で何度訴えたことか。


そして翌日。


起こしに来たシュルツを、リンディエールは半眼で見つめた。


「シュルじい……昨日はよう見捨ててくれたなあ」

「おや、わたくしにもその口調で話してくださるんですか? ありがとうございます」

「はっ、あ、いや……つい……」

「あ、戻さなくて結構ですよっ。その方がお嬢様らしいと思えますので、嬉しいです」

「そ、そうか? ま、まあ、そんならええわ」

「では、朝食の準備をして参ります」

「よ、よろしゅう、頼んます……」

「はいっ」


シュルツが部屋から出て行って、着替えが終わる頃、はっとした。


「あ、誤魔化された……」


気付くのが遅い。肩を落とすしかなかった。


朝食の席。そこには、祖父母もいた。使用人の食堂なのにだ。


「……何でじいちゃん達がここに?」

「む? お、リン。来たか。こっちに座れ」

「ほら、隣りにいらっしゃい」

「あ、うん」


十歳の子どもには、食堂の椅子は当然だが低い。なので、リンディエールが来るとメイドがクッションを持ってきてくれる。


「お嬢様。おはようございます! お元気になられてよかったっ……」


泣かれた。


「ちょっ、大丈夫だから。心配かけてごめんね?」

「っ、ううっ。はいっ。すぐにお食事お待ちしますから!」

「……ありがとう……」


心臓に悪い。ゴブリンキングを相手にする時よりも緊張した。


動揺しながらファルビーラの前、祖母の横に座る。


「ふふっ。あんな死闘をこなせるのに、なんて顔してるのよ」

「あかんて……うちのメイドさんらは可愛い過ぎやん。美少女は泣かしたらあかんねん」

「なんだそれ。リンも十分に美少女だぞ?」


ファルビーラが真面目な顔で褒める。


「じいちゃん……美少女ゆうんは、中身も重要やねん。心が綺麗やないとウチは美少女とは認めん! じいちゃんなら分かるやろ。捻くれた性格の奴は歳いくと捻くれた顔になんねんっ」

「「それ、分かる」」


祖母も同意した。心からだ。心底納得だと頷かれた。ファルビーラがチラリと祖母を見たように見えたが、気付かなかった振りで通した。祖父の命は守られた。


「メイドさんはなあ。主人のために、誰かの為に働く人や。それも上下関係がはっきりしとる。礼儀を知っとるゆうことや。王宮とかは別やけど、この家に関して言えば、陰険なイジメもない。真面目に誠実にを心がけとる。やから! うちのメイドさんらは可愛い!! 文句なしの美少女と美人しかおらんのや!」

「お、お〜」


唐突に拳を握って立ち上がり、主張したリンディエールに、ファルビーラは感心した声を上げた。これで調子に乗った。


「そんでや! ここからが重要やで! なんと! ここで働くメイドさん達は、メイド長から新人まで全員がご近所さんの憧れの的やねん! 恋人が居るなんて知られたら暴動が起きるで!」

「「……」」


祖父母はポカンと口を開けて動きを止め、食堂にいた使用人達はその事実に一瞬息を止める。声を上げたのはメイド達だった。


「「「「「えぇぇぇぇぇっ!!」」」」」


本当に知らなかったのはメイド達だけだ。男達は、何となく気付いていた。ご近所さん達の視線の意味に、薄々感じていたのだ。


そこからが阿鼻叫喚の大騒動だった。


「ちょっとっ、まさか、そのせいでデートは出来ないって言ってたのね!?」

「あ、そのっ……っ、ごめんなさい!!」

「この前に出かけてから、妙によそよそしいのはまさかっ……っ」

「すまなかった! そうだよっ。俺はヘタレだよっ」

「なんでちゃんと言ってくれないのかって……ふっ、ううっ……」

「ちょっ、ま、待って! 泣かないで! 殺される! マジで血を見るからっ。ごめんなさい!!」

「「「っ、もっと強くなるまで待ってください!!」」」


男達がメイドさん達の前で土下座した。


「……こりゃあ、思ったよりも重症やな……予想よりもヘタレが多くてビックリや……」

「おかしいと思っていたのよ……結婚して辞める子が居ないし……職場結婚もないんだもの……」

「そういやそうだな……」


先ほどのメイドが途中まで来て呆然とし、次にとある男を見て側の机の上に、思わずというように食事のトレーを置いた。更なる修羅場の始まりだ。目が合った男はビクビクしていた。


リンディエールは気にせずトレーを引っ張って来て食事を始めた。


「んっ。これは美味い! あのハゲ、また腕上げたな!」


特にスープは絶品だった。間違いなく自信作。ということは、料理長は必ずリンディエールの食べる様子を確認している。


調理場の方からくる視線を受け、顔を上げると、リンディエールは親指を立てた。スキンヘッドの強面な料理長は、ニカッと笑って嬉しそうに頷く。


因みに、ハゲと呼んでいるが、これはリンディエールなりの親しみを込めた呼び方だ。料理長は剃っているので、逆にハゲと言われるのが誇らしいという。剃り残りゼロ、磨き上げが完璧な証拠なのだから。


一年と少し前。塩辛いだけの煮込み料理にうんざりしたリンディエールは、ようやく訳し終わった栄養学の本を片手に厨房に殴り込んだ。



『料理長! 料理長はどこや! そこか! うおっ、まぶしっ……ええからこれを読みい!』



なんだコイツと全面に出しながら、料理長は仕方なさそうにそれを読んだ。さすがに彼もリンディエールのことは知っている。だから、本当に仕方なさそうに読み始めた。ただし、数ページで弱った顔になった。



『俺には理解できねえです……すごいことが書かれているのは分かるんだが……いや、何日かください』



これは仕方のないことだ。最低限、ここで働く者たちは読み書きが出来る。デリエスタ家では、雇ってから読み書きが出来ない者に教えていく。一年くらいで分かるようになるのだが、それでも本の内容を理解するということは難しいものだ。ただ読めるだけではどうにもならない。


これに気付いたリンディエールは、ひと月ほどをかけて図解も交えたものに書き換えた。『小学生でも分かる!』を目指した。一冊が十冊になったがその意味はある。最初の導入の一冊を二日ほどで書き上げられたので、先ずはそれからと料理長に手渡した。その際の文句がコレだ。



『これでも理解できひんのなら、ウチが作ることを許可しい! ええかげん、塩分過多で早死にするわ!』



意味が分からないながらも、料理長は切実な訴えに頷いた。それから料理は日を追うごとに進化していった。素材の味を殺さないことがどれだけ重要かを理解していったのだ。


そんな過去のことを懐かしく思っている間にも、修羅場は広がっていた。


「リン……これどうするんだよ……」

「リンちゃん……さすがにコレは困るわよ?」

「んむ? 放っとき、放っとき。惚れた腫れたは他人が関わるもんやない。お互い納得できる落とし所を見つけることを覚えな、長く続かんわ。夫婦なら分かるやろ」


食事のトレーから目を離すことなく、面倒くさそうに答えた。


「……リンちゃん。その見た目だと違和感あるわ……その通りだけど」

「確かにな……子どもの口から聞きたくない言葉だな。事実だが」


完全に他人事だったので、何を話しているかも特に気にしていなかった。間違いなく十歳の子どもの言うセリフではない。


しばらくして、不意に視線を感じて顔を上げると、ファルビーラの後ろにズラリと使用人の男たちが並んでいた。


視線はリンディエールに向いている。なので、何事かとフォークを置いて見つめた。真面目な顔で、男たちは深く頭を下げる。


「「「「「お嬢様! 鍛えてください!!」」」」」

「……は?」

「「「「「お願いします!!」」」」」

「は?」


なんでだと混乱していれば、その後ろにメイド達が並んだ。メイド長も全てだ。


「「「「「お嬢様! お願います!」」」」」

「引き受けた!」

「「「「「ありがとうございます!」」」」」

「当然や! メイドさんらのお願いは絶対叶えなあかんで!」


むさい男のお願いなんかでは動かないが、メイドさんは別だ。可愛いは正義である。


「……リンちゃん……言っておくけど、口調が変わってるわよ」

「はっ」

「リン……美少女が台無しだぞ……」

「せ、せやからゆうたやろ……中身も重要やねん……」

「……なるほど……」


納得されると、それはそれでどうかと思うが、甘んじてその評価を受けた。


「あ〜、そうや。なら、しっかり鍛えて、ひと月後くらいに告白大会でもするか?」

「な、何? それ?」

「やから、この辺のご近所さんらも巻き込んで、メイドさんらに告白したければ戦え! つうわけや。ライバル集めて、勝ち抜き戦するねん。それで全員の前でメイドさんが認めれば、もう手え出してこんやろ」


多くの人の目のある所で負けたり、フラれたりすれば、少しは大人しくなるはずだ。逆にメイドの方に受け入れられれば、公認の仲になる。そこを邪魔をすれば、今度は周りに冷ややかな目で見られるようになるだろう。


「……一考の価値あるわね……分かったわ。今回のゴブリンの事で皆んな気落ちしてるし、うまく使えば戦力を底上げできるわ! 景気良くいきましょう!」

「それがええで」


祖母にしてみれば、家に仕えてくれているメイド達に結婚させてやれるかもしれないのだ。気合いも入る。


そうして、リンディエールの思い付きから、公開告白のための準備が始まった。


ただし、祖母に丸投げする気でいる。これで監視も薄くなるだろう。


「ふふ……計画通りや」


たった今思い付いたことなのだが、リンディエールは雰囲気を大事にする子だった。


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また明日!

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