第009話 お嬢が頼りだ
森からはもう、ゴブリンが出てきていた。領兵達が近くの民家から住民を避難させているのが確認できる。
既に、森から少し離れた町との境界線になる外壁では、常駐する兵達が戦闘に入っており、外壁の上から弓で応戦しているようだ。
「お、お嬢ちゃん!? 今は外に出られないんだ! そっちに行ってはダメだよっ」
避難の状況を確認しようと、外壁の手前に転移したのがいけなかった。門に向かって走っていくと兵たちが呼び止めてくる。
混乱しながら逃げてくる人々が多いため、こんなところで身体強化をして疾走することができないのも問題だ。
「ウチのことは気にせんと、さっさと避難させえ!」
「っ……」
威圧して寄ってくる兵達の足を止めると、リンディエールは高い外壁の前でジャンプする。
「「「えぇぇぇぇっ!!」」」
軽く風に乗るようにフワリと飛び上がり、いとも簡単に外壁を越えたのだ。
「楽しいやん、コレ!」
ちょっと興奮した。その気持ちに突き動かされるように二刀の小太刀を出す。短剣ではなく小太刀だ。
「くノ一なリンちゃん、参上や! さあ、狩り取るで〜!!」
因みに気分的に肩口までしかない髪を一つに結い上げている。本当は長いポニーテールが良かったので、今日この時、髪は伸ばそうと決めた。形から入りたいタイプだ。いずれは服も作るつもりだった。
ピンクのワンピースを汚すことなく、あっちへヒラリ、こっちへヒラリと跳ぶようして駆けていくリンディエールの通った場所には、絶命したゴブリンも存在しなくなる。後で邪魔だからと今回も殺してすぐに回収しているのだ。
外壁の上から弓で狙っていた兵達は手を休めた。
「……なあ、俺の見間違いか? なんか……ゴブリンの頭がポンポン飛んでるのが見えるんだが……」
「お、おう……けど、その後消えるよな……」
「マジックバックを持ってるんじゃないか?」
「あ〜……それならわかる」
「けど、あんな女の子が?」
「いやいや、ちゃんと見ろよ。きっちり殺してる。それで、その後に消える。な?」
「は、早くて見えん……」
悪魔が鬼神かと震えるほどの実力。そこに、ギリアンが到着する。
「うわ〜……あれやっぱお嬢か……なんつう規格外な……」
ギリアンはリンディエールが潰したという護衛の状態と何があったかを知って、リンディエールが戦えることを察していた。
身体強化で駆け抜けていくファルビーラ達の後を難なくついて行ったリンディエールも見たのだ。確信していた。
「……絶対に怒られないようにしよう。うん。そうしよう」
五歳の時に蹴られた時に気付くべきだった。アレは五歳児の蹴りではない。今やられたら足の骨が砕ける。
「よ〜し、お前ら〜。もうすぐ冒険者と本隊が来る。第一班だけ見張りに残し、他は住民の避難を優先してくれ」
「はっ!」
駆け出していく兵達を尻目に、ギリアンは伯爵領の方へ目を向けた。
「あっちは持ち堪えられんだろうな……だからといって、兵力は割けん……どれだけ助けられるか……」
伯爵領との領界線では、こちらに逃げてくる住民を可能な限り受け入れることになっている。だが、それでは根本的な解決にはならない。
「お嬢が頼りだ……情けないがな……」
しばらくしてファルビーラ達冒険者が到着した。
上から見るととても綺麗に散らばっていき、次々とゴブリン達が数を減らしていく。
そこで大きな魔法が起きた。炎が渦巻いて上空に高く立ち昇ったのだ。
「は? え? お、お嬢!? 一体何を!?」
森が所々更地になっていく。森の手前の方ではあるが、幾つか大きな円形の更地が出来た。そこで冒険者達がまとまって戦闘を始めた。
「あ……戦場を作った……?」
呆然とギリアンは見つめることしかできなかった。
◆ ◆ ◆
リンディエールは、ファルビーラ達が来たと気付いて、すぐに合流した。そこで祖母に頼まれたのだ。
「リンちゃん。大きな魔法は使える? いくつか戦いやすいように更地を作って欲しいのよ」
「できるで。幾つ欲しいん?」
「六つ。手前の方で良いわ」
「任しとき!」
まだ奥まで人が入っていない。なので、巻き込まないように最前線より少し前に進んで一気に木を吹き飛ばした。
「これでどうや!」
狙い通り、円形の大きな広場のような感じになった。それを六つ。だいたい、横並びになるように作る。すると、魔法の音を聞いて、伯爵領の方に向かっていたゴブリン達がこちらへ動きだした。
「ばあちゃん。誘導するんも計算の内か?」
「そうよ! それに森が拓けたことで、ある程度の魔法も使えるようになったわっ。この人数差では短期決戦が必須なのよ。リンちゃんが回復薬も用意してくれたしね」
「なるほどな〜」
まさに一石二鳥、いや、三鳥の作戦だ。しっかりとリンの実力も込みで作戦を立てたようで感心する。普通、実力が分かったところで、十歳の子どもをアテにしたりはしないだろう。彼女は良くも悪くも参謀だ。最善の結果のためには手段は選ばない。
「ジェネラルが出たぞっ」
伯爵領の方から、続々と強い個体が移動してくる。
「リンちゃん。今の総数分かる?」
質の良い武器により、冒険者達の実力は上がり、戦場を作ったことで魔法が問題なく使え、一気に殲滅速度は上がった。リンディエールが間引いたこともあり、最初の総数は三千前後だったが、今は半数以下にまで迫っている。
「もうちょっとで残り千くらいやで」
「そう……その中でジェネラルの気配は?」
「百くらいやね」
「ジェネラル中心に頼めるかしら」
「ええで。先にそいつら潰さんと、キング相手にしながらはキッツいで」
「ええ……何としても、キングが来る前に上位種を減らしてちょうだい。子どものあなたにこんなこと……ごめんなさいね」
心苦しく思ってくれているのはわかっている。この作戦もほとんどリンディエールが居なければ成り立たない。
リンディエールがレベル100を超えていることを聞いて、慌てて計画を変更したのだ。最初の作戦では半数以上がすぐに戦えなくなっただろう。祖父母達は無茶をする気だった。それが察せられたから、ニカっと笑って答えておく。
「寧ろ、一人前に扱ってもろうた方が嬉しいわ。しっかり使ったってや!」
「っ、わかったわ。お願い」
「おうっ、やったんで!」
リンディエールは標的を定めて駆け出した。もうすぐ日が暮れる。夜になれば不利だ。
「夜戦は勘弁やで!」
《グギャッ》
《ギャッ》
《ギャギャッ》
だが、無情にも夜の帳は降りてきてしまったのだ。そして、キングが現れる。
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