春待つ氷塊

恋なんてないと思ってた。

小学校のころ初めて告白されたとき、私は正直意味が分からなかった。

友達に相談してみたら、「好きな人はいないの?」って聞かれた。

私は「好き」がなんなのか分からなかった。

その通りに聞いたら、少し驚いたような表情をしながらその子は答えた。

「え、その人ともっと話したいとか、もっと一緒にいたいとか。」

「そうなんだ。なるほどね。」

彼女のこんなのもわからないのっていう勢いに負けてそう答えた。

そんなことを思うのだろうか、友達と好きな人に生じる差は何なのだろうか。

そんなの考える意味などないのだろう。

彼女の好きな人の話、好きになったきっかけを聞いてみたとき、

「え、いや、なんかもっと他の人より話したいし。」

としか答えなかった。

おそらく、そんな比較してでしかわからないような、

あいまいで洗脳のような感覚が恋なんだと思った。

何もしなくても、いろんな人から告白されていた私は、別に深く考えず、

自分のなかの恋が見つかるまで付き合うことにした。

初めて付き合った人とは三か月で別れた。

どんな人か、何が好きかなんて全く覚えていない。

「ほかに好きな人でもいるの?」

別れる直前その人に言われた。

「いないよ。」

「なら、僕のことは好き?」

私は答えなかった。答えれなかった。だって、好きなんてわからないから。

その人の想いと比べれば、きっと好きなんて言えやしないから。

そのまま疎遠になって、いつの間にかメールボックスには


件名:無題

別れよう。

僕の想いは本当だったよ。

今までありがとう。


というメールが入っていた。

私の初めてはいつの間にか始まって、気が付いた時には終わっていた。

私が悪者だったのだろうか。

彼からもらった初メールは返すことなくごみ箱に入れた。

そのあとも、中学に入っても、別に変わらなかった。

何もしなくても、気が付いたら告白されて、何も変わらず、生活して

気が付いた時には別れ話を切り出された。

女子からの陰口は日常茶飯事で、中には集団で呼び出されて罵声を浴びせられた。

私がやっぱり悪者なのだろうか。

声にならない悲鳴すらも上げず、過ごしていた。

いくら女子から嫌われていても、

点数稼ぎにいそしんだり、正義感の強かったり、

噂すら知りえなかったりする男子たちがいつでも周りにいた。

だから、別に悲しくなんてなかった。

恋を知るために、好きな人を見つけるため同じことを繰り返していた。

なんだかんだで、高校が受かって、中学校の同級生とは無縁な高校に行った。

中学校で見つけられなかったものは遠い場所なら見つかると思ったから。

いや、正直、そんなもの存在しないってことを

見つけるために高校に行ったのかもしれなかった。


あの日、あの時、あいつにさえ会わなければよかったんだ。


入学式、また同じような代わり映えのない無機質な毎日を送っていくんだ、

そう思いながら通学路を歩んでいた。

ありきたりな桜の整列の横を通る。

小学校、中学校と桜に囲まれた学校だった。

なんで、桜が植えられているのだったっけと思い、

ところどころ葉の芽が出始めている桜を見つめる。

気が付いたら咲いていて、ふとした時に、散っている。

「恋みたいね。」

「まあ、偽物の想いって意味ならサクラはあってるけど。」

「え、」

声がしたほうを振り向くと、中肉中背の同じ制服を身にまとった男子生徒がいた。

その顔は制服には似合わず大人びていた。

鼻は高く、切れ長な目、優しい顔立ち、目元を隠すようにかけた眼鏡も相まって

ミステリアスな雰囲気を醸し出している。

「どうしたんだい?

 僕としては、さっきのジョークに無反応なのが少し悲しいんだけど。」

黙ってしまっていた。しかも、声に出ていた?

どこから?あー、恥ずかしい。

「え、えっと、私声に出てました?」

「え、うん。神妙な面持ちのまま桜見つめて思いつめたように

 『恋みたいね。』って言ってたよ。」

一気に顔に血が集まって熱くなった。

「すいません、忘れてください。」

彼の顔が直視できず、頭を下げながら上目で彼を見る。

「なんで謝るんだ?僕が悪い事したみたいじゃないか。

 そんなに僕のジョークセンスなかったかい?」

「いや、あの、その。」

「いやいや、悪かったね初対面なのにとばしすぎたね。僕は佐々木。

 同じ高校だよね。桜に見とれて遅れないようにな。」

彼は腕時計を一瞥しながら進んでいった。

風がはかない花びらを散らす。

散った桜に重なる彼の背中を見つめていた。

彼の低いバリトンボイスが頭でこだましていた。

そんななか、思い出した。

桜が学校に埋められている理由。

「様々な生活の変わり目」

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