泣かないホトトギス

じゆ

膨らんだ初芽

入学式の頃には優しく新入生を迎えた桜の花も、舞い散り、

暖かな陽光を受け青々とした葉を伸ばしつつある木の下に俺、文里は立っていた。

程よいはずの陽射しが降り注ぐ中、日陰にいるはずの俺の頬を汗が滴り落ちる。

さっきから、膝が震え始めていて、何も考えられない。

青春の方程式より木の下に、緊張を加えて求められる解は「告白」。

そう、いま俺はクラスメートの鈴宮那奈に告白しようとしている。

確率なんて、知ったこっちゃない。たぶん、おそらく、ゼロに近い。

あの子は、クラスの中でも、いつもきらきらしていて、校庭の中から探すのなんて簡単で、朝飯前なほどだけど。

俗にいう陰キャの俺は、そのまぶしさに目がくらんだり、心臓を握りつぶされそうになったり、ほかの男子と話してると、妬いたりする。話しかけてくれたりしたときには、ちゃんと喋れなくなるほど心の中で狂喜乱舞する。

けど、すぐに背けようのないカーストの差に絶望して、

「え、なに、まだ恋愛対象だと思われてるなんて考えてるの。」って自制する。

けれども、一度気づいた気持ちはどうしても、避けられなくて、膨らんでいって、

潰されそうだった。

だから、俺はそんな生き地獄に身を沈めるくらいなら、もういっその事玉砕覚悟、というか明らかな負け戦に身を投じて心から折れてしまえばラクになるかなという考えで告白を企てた。

じっさい、彼女を呼び出して、告白するという計画を実践するまでには三ヵ月かかってしまった。その三か月の間に、覚悟という皮をかぶった蛮勇に左右され、

唯一の親友である佐々木に相談して、なぜか成功の確率を上げようと様々なことをしてもらった。

そのかいあって、前まではあいさつだけだったのが、自然に会話できる様にまでなった。

佐々木には感謝してもしきれない。なにか恩に報いなければと思っている。

しかし、仲良くなってからも葛藤の連続だった。

このまま楽しい友達関係のままの方がいいんじゃないか。

どうせ、フラれて気まずくなるくらいなら……。

そう思い悩んでいた時、佐々木が告白するなら今だと急にせかしてきたのだ。

そうして、うじうじしている俺の背中を押し切って、今に至るわけだ。

約束の時間まであと少し。

もう何も考えていない。何も考えられない。

昨日夜遅くまで佐々木と考えたプロポーズのセリフはもう行方不明になっている。

気が付いたら固く握りしめてしまっている手をほどいて、ズボンで手汗を拭く。

そんな動きを二、三回繰り返したころ、時間丁度に彼女は来た。

「あ、文里君、ごめんね、遅くなっちゃって。」

「ううん、時間ぴったりだよ」

言葉の端が震える。心臓の音が聞こえてないか不安になるほどドキドキする。

言葉が出ない俺の顔を勘ぐって彼女が不思議そうに言う。

「で、話って何かな。」

凄く横道なシチュエーションに気づいているだろうに、気づいてないようにセリフを言ってくれるのも彼女の優しさだな、なんて心でつぶやく。

彼女との最後の会話を、彼女の優しさをかみしめて、思いを伝える。

「鈴宮、俺お前が好きだ。急にごめん。けど俺、お前と話してるといつも楽しくて、もっと話したいって思ってしまうんだ。友達同士だと嫌だったんだ。

 だから、俺と付き合ってくれませんか。」

勢いよく頭を下げた俺に驚いたように彼女がうろたえる。彼女の顔は見れない。

自分の心をさらけ出すように、早口で言った俺の言葉を彼女は淡々と受けとる。

しばらくの沈黙の後、

「え、あと、あの、頭上げてください。」と言った彼女の言葉に、脊髄反射で頭を上げる。フラれるなら早い方がいい。

「ありがとうございます。」

完全にフルためのテンプレに捨てたはずの期待を壊された気分になる。

「こちらこそ、不束者ですがよろしくお願いします。」

「どうか、友達からでも…って、えっ。」

自分の耳を疑い、彼女の顔を見ると、赤面して少しうつむきながらもじもじしている。可愛い、じゃなくて、可愛いけど、そういうことじゃなくて。

思いがけない結果に、張り詰めていた気が緩んで、ふらつく。

「大丈夫、文里君。」

声が出ないほど、動揺する俺のことをあの鈴宮が本気で心配そうに見ている。

よっっしゃぁぁぁあああ。

力強く振り上げたこぶしはよく晴れた夕空を突き抜けていた。


地に足がついていないようなふわふわした感覚を覚えたまま鈴宮と別れる。

いつもなら、何とも思えないただの景色全てが輝いて見える。

いつもなら、むさくるしく感じるような風だって、火照った頬をなでて心地いい。

なんだか、いつもの住宅街の間を縫っていく中学校までの通学路で物寂しくて、遠回りにはなるが神社を通っていくことにした。

高台の中腹には、夏祭りも開かれる神社がある。縁結びで有名で、県をまたいでくる人までいるという。俺はこういうものを信じたことがなかったが、幸せを振りまきたくて、神社の神様にお礼を言いに行こうと境内に足を踏み入れた時、中に誰かがいるのが分かった。

夕方とは言え、緑が豊たかな境内は昼でも暗いので、いま境内は明かりがなければほとんど見えないほどだ。

そんな中、その人影は、お参りするでもなく、ただただ、たちつくしている。

不気味に感じ、立ち去ろうとしたとき、その人影と目があった。

ような気がしたとき、

「やあ、拓。どうしたんだい、せっかく来たのに、何もせずに帰るのかい。」

鼻にかかった、響くようなバリトンボイスがその人影から発せられた。

姿はまだ見えないが、そのやけに人を見下すようなイケメンボイスに脊髄反射で反応する。

「うるせー、茜。お前こそ、こんな暗い中何してた。放火か賽銭泥棒かどっちだ。

まったく、せっかくの幸せな気分が台無しじゃねーか。」

その、不審な人影の正体は、ついさっき、俺の中で恩人認定を受けた佐々木茜だ。

整った顔立ちで、性格に非の打ちどころがなく、その上、無口でミステリアスなふんいきな天性のモテ男である。

自分ではなぜモテるのかわからず、自信がないため、何度も女子からの告白を断り続けている。

非常に憎たらしい事だが、神様の悪戯か、こんなモテ男と、インキャが幼稚園からの幼馴染なのである。非常に憎たらしい事だが。

「まったく、君はひどい奴だな。その様子だと、涼宮さんと付き合うことになったのかな。おめでとう。てっきり、それこそ振られた反動でこの縁結びの神様を逆恨みして放火しに来たのかとおもったよ。」

「するかよ。たたられたらたまったもんじゃねーよ。」

「ははは、じゃあ、僕はもう帰るよ。君はここの神様にお礼しに来たんだろ。

 じゃあ、お先に。遅くならないようにな。」

そういって、茜はすらっとした背の高いシルエットを残しながら、境内を出て行った。

「お前こそ、気をつけろよ。」

今日は気分がいいからか、自然とあいつを気遣う言葉が出ていた。

茜は振り返ったりすることなくその言葉に、歩きながら、右手を挙げて応えた。

粋な奴だな、と思いながら本殿の方へ近づく。

「えっと、確か二礼二拍手一礼、だったよな。」

と思い出しながら、慣れないおぼつかない動きで鈴を鳴らす。

ジャランジャラン、パンパン

「ありがとうございました。鈴宮と付き合うことができました。」

最後に深く礼して、本殿に背を向けて境内の外を目指して歩き出す。

結局、なんで茜はこんなところにいたんだ。理由を聞いてもはぐらされたし。

そんな疑問もあったが、鈴宮の彼氏となれた幸せに流され、

明日からの生活を妄想しながら帰路に就いた。

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