第5話 シックス・レッグ・ベア

 「見えたのか?」


 ガジはベイクに訊いた。部下が背後に居るという事が自分を冷静にしてくれる。いつもそうだ。


 「獣の匂いと血の匂い。あと空気が止まった。恐らく人間ぐらいの獣があのカーブの向こうに居る」


背後の4人の装備品がかちゃかちゃ鳴る。身構える向こうはランタンでほのかに見えるが、その獣が出てきても影しか見えないだろう。


「灯りを貸せ。その方がいい」


 ベイクは術兵からランタンをとった。ガジのそれと合わせて明かりが2倍にはなったがまだ見にくい。


 「気付いてるのか?」


 「ああ。気付いてるし、気付いてるのに気付いてる。相手も出方を伺っているよ」


 ベイクは眉間に皺を寄せて、何か考えているように言った。


 「威嚇して出て来させるか?」


 ガジはベイクに言った。隊長が作戦を相談するのを部下たちは初めて見るような気がした。


 「この陣形では不利だろうな。俺がおびき寄せるから後ろから5人で攻撃できるか?」


 ベイクは振り向きもせずに言った。


 「おびき寄せる?」


 ガジは驚いて言った。

 そう言うとベイクは棺の麻紐を腰から下ろしてランタンを持って歩き出した。


 「お、おい!」


 ガジはかなり反響する声量で叫んだ。すると、ベイクの予想外にまだ手前からカーブの向こうに居るものが飛び出した。四つ足で、腰の辺りから飛び出てきた。厳密には四つ足ではないが。


 「ぐぐる」


 ガジにはベイクが飛びかかった獣に押し倒されて上にのし掛かられた様に見えた。その瞬間見えたのは足が6本あるヒグマだったが顔はヒグマよりも凹凸がない猿に近い顔で涎が出ていた。ベイクにマウントポジションを取ったかと思った瞬間、バネででも弾き飛ばされたかの様に、仰向けのベイクに蹴られた猿熊は弾かれてベイクと兵士たちの間にはたと飛んできた。獣は驚いてなんとか猫の様に6本ある足で着地した。


 次の瞬間には術兵がすでに詠唱に入っていた。そこにガジと兵士たちの姿は無く3人は壁にぴったりと背を付ける。


 「燃え尽きよ」


 術兵たちが同じポーズで両手をかざすと、そばの壁にくっ付いた兵士たちを認めた獣の、右肩と右の一番下の爪先の周囲の酸素が燃焼し、人の頭程の火炎が獣を襲った。


 「がぎあ」


 猿熊は急いで火を消そうと右肩を下にして反転して倒れる。その次の瞬間にはもう壁に待機していた3人の刀剣は、獣の体を何回も突き刺していた。血が滴り、3人の足を赤く染める。ベイクが戻る頃には獣は毛だらけの肉片と化していた。


 「あんたら、消毒できるかい?」


 ベイクは両腕をまくりながら術兵たちに訊いた。両腕は4本セットの引っ掻き傷が2つずつ、それ程には深くはなかった。


 「ちょっとかすっただけなのにな。恐ろしく鋭利な爪だ。さぞばい菌だらけだろうな。いやだいやだ」


 ベイクがそう言うと、他の5人はややして、笑い声を上げた。ガジも笑わまいとしたが、思わず笑ってしまった。


 「あんた、格闘技や柔術も出来るのか」


 ガジは訊いた。


 「まあ、あれは我流さ。自分が先に倒れててこの原理で投げ飛ばすのさ」


 ベイクは消毒の終わった腕に布を巻き付けながら言った。

 するとガジは刀剣を差し出してベイクに言った。


 「持っていてくれ」


 もはや囚人兵ではなかった。だが、


 「断るよ。というか無理なんだ」


 ベイクは棺の紐を腰に当てがいながら言った。


 「何故だ。あんたは仲間だ。助けてくれた」


「違うよ」


「どうして?」


「俺は呪われてる。金属の刀を使えないんだ」


 ベイクはそれ以外何も言わず、ランタンを持って、毛だらけの肉片とその周りの血溜まりを避けながら、また、棺を引きずり始めた。5人は呆気に取られたが、恐らく詳しい訳を教えてはくれないだろう、そう思った。

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