第4話 侵入

 行かずが岳というのはその名前の通り、古くから行ってはいけない、行くべきではないという先人達からの教えからであると、このナーランド領の人々は解釈していた。

 ナーランド領は古くは300年前、もっと広大な領地であったのが少しずつ侵略されたり、権力者から分領されたりして、今の山間の市街と周辺の山、後は南に少しの平野と農村地帯のみとなっていた。この行かずが岳に人は足を踏み入れない。一行が立つたもとの、立派な石造りの洞穴など、今回の一件がなかったら、誰も知る由もなかったのだ。


 ガジは顎を触りながら、洞穴の入り口に散らばる粉々に砕けた石と、洞穴の入り口の壁に立てかけられた文字盤を、交互に見やり、困惑が深まるのを整理しようと努めた。


 「爆発音は、この石の扉らしき物が砕けたということか?」


 ガジは背後に集まる部下の誰に言うでもない様子で呟いた。


 「マジド。ここの様子は、ここへ洞穴を探しにきた時と変わった様子はないんだな?」


 ガジは背後を振り向いて訊いた。


 「はい。このように周辺に石辺が散らばっておりました。まるで爆発したかのようでしたが、焦げた物や匂いはしませんでした。周囲も焼けたような跡はありませんでした」


 マジドと呼ばれた若者はゼスチャーを交えながら足りない物いいで伝えた。


 「この、石の散らばり方は...」


 ガジはそう言いかけた。


 「ものすごい力で、中から棺をぶん投げて叩き割ったかな」


 ベイクは薄ら笑いを浮かべて呟いた。


 「それがあの、棺が見つかった位置まで、2キロくらいはあるぞ...まで飛んだというのか?」


 ガジはぞっとしたのを隠せなかった。今まで領内の害獣討伐はしてきた。農村に出た大蜥蜴を退治したり、森の人食いカラスの巣を潰しに行ったり。だがこれ程のパワーに恐怖を感じた事は無かったのだ。


 「それにこの文字盤。これはかなり古い物だ...」


「どれどれ」


 ベイクは後ろに居たのでまだ記された事を読んでいなかった。


 (警告 このほら穴に入るべからず このほら穴は深淵のまたその奥 我が作りし聖域に通ず道なり 聖域には魔道に通ず眷属を封印せん それの眠りを守らんがため 侵入者が致死せん罠を張りて守りき)


 ガジは頭を抱えた。ここを作った人物の殺人トラップに挑めというのか。口から出た胃を、また口から飲めというのか。


 「眷属とあるな。この人物は自分の血族が魔道に走ったから封印したってわけか」


 そう呟く囚人兵を周りを取り囲む兵士たちが不思議そうに見つめた。なぜ兵長の隣で平然と喋ったり推測したりしているのだろう。


 「まあ仕方ない。時間がない。この棺もいつ開くか分からない。準備しよう」


 ガジは持ち前のやる気を奮い立たせる切り替えをした。(自分がやらなきゃ誰もしない)

予定通りに陣をとった。食料は皆が自分の分を背に背負う。棺にはがんじがらめに麻紐がかけられて、それをベイクは引く。試しに少し引いてみたベイクは何か、言い表せない違和感を覚えたが、口に出せるのは思ったより軽いということだけだった。


 「定刻までに戻らなければ、応援をよこせ。自分たちの身に危険を感じれば、この入り口にて、あと2日待て。それでも戻らなければ、この洞穴の入り口を埋めてしまえ。わかったな?」


 ガジは鉄のメットキャップを被りながら見送る兵士たちに言った。兵士たちの表情が曇る。ベイクは彼らに、万が一の決断ができるのだろうかといぶかしんだ。兵長が帰らずではほら穴を埋める事はしないのではなかろうか。


 「いくぞ」


 ガジが号令した。声高らかで何度となく兵士たちを奮い立たせた声だ。先頭をきって入ると、ベイクが棺を引いて続いた。その後を術兵が2人。兵士が2人。


 「地層の変化を知らせろ。罠を見落とすな」


 ガジが背後に背を向けたまま言った。


 「はい。音波は交代で常に流し続けます」


 背後の術兵はランタンに真っ青に染まった眼を浮かび上がらせて答えた。音波反射で地形を調べながら歩いているので、瞳孔が開いたままで歩いていた。


 洞穴はもちろん真っ暗で、高さが2.5メートル、幅が3メートルはあろうかという穴というよりかは建築物に近かった。壁も床も掘りっぱなしではなく、何か粘土質の物で塗り固められている。この床が、目的地まで続けばいいなと、ベイクは思いながら棺を引いた。紐は二箇所から出ていて今はお腹で支えている。時々変えねばなるまいと思った。また、両手も添えているため、自分だけランタンを持てないのを不便に思った。


 「感じるか?」


 ベイクは隣でランタンを持つガジに言った。音といえば装備品の金属音と、革靴の擦れる音。あと棺の引きずるジャリジャリという音。


 「まだわからない」


 ガジは周りを見渡しながら言った。


 「血の匂い。人間とそうでない物のも。ただ、腐敗臭はしない。何かが掃除しているのかもな」


ガジはその話にもぞっとしたが、ベイクの鼻にもした。これが国家階級SSSの嗅覚か。


 「不思議だが微かに空気の流れがある。ひょっとしたら地下水脈があるかもしれない。音は聞こえないが、水の流れがあれば空気が流れるからな。湿気もやや、こういうほら穴にしては高い」


ガジはベイクを見た。彼は目を閉じていた。彼は極限まで鍛えられた五感を駆使していた。恐れ入った。術を使えない人間の最高峰。


「止まれ」


 号令をかけたのはベイクだった。


 「止まれ」


 ガジがかけなおした。


 「そこの緩やかなカーブの向こうに、居る」


 ベイクは呟いた。


 「どこだ」


 ガジは訊いた。背後の4人は固唾も飲めなかった。


 「まだ見えない。向こうも気付いてる」

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