第3話 出発

 ベイクに洞穴探索にあたるに与えられたのは真っ白の薄い囚人服よりはマシな衣類ではあったが、使い古された、近衛兵達の詰所に転がっていそうな誰が使ったかも分からない皮の胸当てやズボン、ヨレヨレのブーツだった。かなり磨耗しているので着ないよりはマシという程度の薄さで、予想はしていたが勿論武器の類は与えられなかった。


 収監されていた石造りの、牢屋と呼ぶにはあまりにも簡易的な造りの建物から出ると、地方領兵士にしては立派に武装した近衛兵達が歩みよって来た。3人、背後に騎馬兵が2

人。ベイクを取り囲むように市街の出発地点に連行した。道ゆく商人や親子が繁々と振り向いたが、罪人にしては立派な服を着たベイクにすぐに興味は薄れた。皆、重罪であればある程興味が湧く。


 「来たな」


 近衛兵長ガジ・エステファンの制服は皆と色が違っていて、少し神々しい。基本的な装備は皆と同じで、くさび帷子に鉄の胸当て、その上にこの領地の紋章が入った羽織りを着て、足元は膝上まである黒いブーツ。他の皆は傍に細剣を携えていたが、ガジは背に大剣を背負っていた。華奢な男なら扱えないであろう代物だ。


 「俺に何か獲物はくれないのか?魍魎が出るんだろう」

 

 ベイクはダメ元で訊いてみた。

 ガジはニヤリと笑って何も言わずに振り向いて出発の準備を始めた。

 ガジとベイクと棺が馬車。それを取り囲むように15くらいの騎馬隊が陣を取った。その背後に馬に乗った術兵2人。騎馬隊の先頭が合図すると市街の正門が鈍い軋みとともにゆっくりと開いた。住人達は何事かと人だかりを作っていたが、誰も今回の遠征の意味を知る者は居なかった。

 かくして一行は走り出した。


 「下手に護衛を付けないのは良い判断だな。俺に殺されて剥ぎ取られて、武装されるのがオチだ」


 ベイクは外を見ながら言った。手首には輪をつけられて、繋がった紐はガジの腰に結えつけられている。


 「あんたがそんな事をしないのは分かっている。俺の部下を酒場で、素手で殺そうと思えばできたはずだ」


 ガジの呼び方がお前からあんたに変わっている。ベイクはそう感じた。


 「役目を果たそうじゃないか。作戦を聞こう」


 ベイクは言った。馬車が揺れ出した。道が舗装されていない地帯に入った様だ。朝出たので昼過ぎには着く。


 「あんたと俺を先頭に、棺の脇に術兵が2人、その背後に兵士が2人。一応食料は3日分持つが、計画では2日、いや、1日半だな。明日の終わりにどうするか判断する」


 ガジは真面目にベイクを、正面から見据えて言った。ベイクはまだそっぽ向いたままだ。


 「これをどう思う?」


 ややして、沈黙の後にガジがベイクに訊いた。もはや、ガジは、ベイクをただの囚人兵以上の扱いをしている自覚がなかった。何処かから来た武人。傭兵だった。


 「この材質は木でも鉄でもないな。スペルやアルケミック(錬金術)で作り出した物質だろう。やけに軽くて艶がある。魔法銀の話を聞いた事があるが、それに近い。実用化出来るか調べた事があるがコストが...」


 そこでベイクは口をつぐんだ。お互いに無言。


 「なによりも」


 ベイクは続けた。


 「この棺には持続性呪術がかかっていて、術士は死んでいるだろう。物理的には開かない。中に入っている物、か者かは知らんが、部分的停止をされているだろうから、中には過去の何かフレッシュな、人でないことを祈るが、が入っている。どちらにしても、こういう措置をされたものが良いものであるはずはない。まして、聖域に安置されていたのだろう?こういう措置をされて結界に閉じ込められていたということは、二重に、外に出てきて欲しくないものが封印されていたと考える方がしっくりくるな。誰かこれについて知るもの、文献はなかったのか?」


ガジは城の相談役が心臓発作で死んだことは、ベイクに言ってはいなかった。ガジは分からないというゼスチャーをした。


「聖域をはった術士、この棺を封印した術士はかなりの手練れだろう。何か残っているはずだが。まあ、問題は...」


「そうだ」


 ガジは同意して、2人で棺を見た。

 この棺が、聖域にたどり着くまでに、自分で開かない事だ。


何処か森の遠くで人食鬼が木の上を渡る、バキバキという音がした。一行の頭上を毒鳥が3羽横切った。そろそろ、人が古来から棲み分ける魍魎の領域に入りそうだった。高鳴る蹄の音は辛うじて道がある、木々の合間を、憂鬱で不安な響きを、立てて突き進んだ。

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