第2話 面談

 冷んやり冷たい石造りの、それでいて湿気の多い取調室に入った近衛兵長ガジ・エステファンは、接見相手がイメージとかなり異なる事に驚いた。市街の酒場で酔って近衛兵4人相手に丸腰で大暴れして拘束されたと聞いたので、無骨な大男を勝手に想像していた。


 目の前にいるのは背が中程の黒髪で少し伸びた坊主の、無精髭を生やした白い囚人服を着た浅黒い肌の男だった。木の椅子に座っていて、こじんまりとして見えるのは標準よりも痩せてるせいだろう。体つきからして、鍛えられているのは見て取れた。眉毛は太いがその下の目はギョロとしていて木の炭のように黒い。ガジが入るとその目を向けた。その目は好意的とも嫌悪的ともとれない。


 「なかなか腕が立つそうじゃないか。この街の人間じゃないな」


 ガジは向かいに腰掛けながら言った。他の見張りは断ったので取調室には2人きりだった。ガジは近衛兵の制服以外丸腰で、部屋は地下一階、窓はない。


 「君はこの領の兵士団の責任者か?」男の質問にガジは驚きの表情を出さない事で精一杯だった。


 「そうだ」ガジは無機質に答えた。


 「剣術とゲリラ対応がなってないな。あまり実戦経験がない奴らだったのか知らんが。私が真剣を持っていたらみんな死んでる」


ガジはこの拘束者の態度に唖然として、言い返す言葉が見当たらなかった。一瞬にして、ここに来た理由、自らわざわざ腕の立ちそうな囚人を見つけて、自分があの忌々しい棺を聖域へ運ぶ計画がふいになるかもしれないと思った。コツコツやるガジにとってこの手の傲慢で身の程知らずな人間はもっとも軽蔑するタイプだ。だが、我慢することにした。


 「軍人だったのか?」


「軍人か。軍人、軍人。まあ、そんなとこだ。君は生まれも育ちもここか?」その囚人はまた逆に質問してきた。


 「ああ、そうだ。名前と出身は?」ガジは紙とインクとペンを取り出した。


 「名は...名はベイクだ。出身はストラード地方」


 「この街には何をしに?」続けてガジは訊いた。名前なのか姓なのか、その逆は何なのか、訊かなかったのはそのベイクに半分以上興味がなかったからだ。


 「たまたま歩いていると着いたからさ」


「そうやって旅をしているのか?」


 「そうだ。旅と言っても行き当たりばったりにほっつき歩いてるだけだが」


「傭兵団にでもいたか、それかどこかの領で雇われていたのか?」


 良くあるタイプだ。傭兵の口を探してウロウロしている奴、正規兵になっては辞めてまた、正規兵になる奴。定職についているのかいないのか、分からない人種だ。


 「まあ、軍隊といえば軍隊だな」


 「ふん。まあいい。お前は恩赦を与えると言えば命を賭すかもしれない計画に力を貸す用意はあるか?」


「なんだ、面白そうな話じゃないか。聞いてやる」


 ガジはくっと怒りを飲み込んだ。なんだこの横柄な態度は。刀剣を看守に預けるんじゃなかった。抵抗したと言って叩き切りたい気持ちになった。もう筆記用具はテーブルに置いていた。


 「ある荷物を地中の聖域まで運ばないといけなくなってな。君が運ぶ、我々が護衛するというわけだ。つまり荷物運びを探しているのさ。リスクがあるだろう。その洞穴を発見したんだが馬や車が入れるような所ではないらしいのだ」


「私はブレイクできるぞ」


ガジは凍りついた。

 全て見透かされていて、全てお見通しだった。先頭を、棺を引いた囚人に歩かせて、囚人が逃亡したり反抗したりすれば直ちに背後の術兵が囚人を殺す計画が、見透かされていたのだった。スペル・ブレイク(術潰し)が出来るということは、彼が「本当に腕が立つ」という事だ。ガジは街のアカデミーでスペル・ブレイクを学んだが、苦手で、国家階級はDだった。つまり一番下という事で、このナーランドの様な地方では、出来る事自体が兵士長級なのである。


 「ちなみに階級はSSSだ」


国王軍団長クラスだ、とガジは思った。嘘ではないか、とも考えたが、普通は術潰しが出来る事は隠す。でないと自分の身を守るためのスペル・ブレイクが意味を為さなくなる。彼は、このベイクという男はあえて言った。それにどういう意味があるのか、ガジは分かりかけていた。


 「感じるか?気圧が変わった。雨が降る。出発は明日以降だろう」ベイクはもう話は終わったという様子で体ごと横を向いた。


 ガジはアカデミーで術潰しの訓練に入る前に、教官が言った説明を今でも覚えている。


 (術潰しとは、魔術を使えない、生まれつきも有りますし、遺伝も関係します、そんな人間が身を守るために遥か昔に編み出した五感を使った能力なのです。鼻や耳、目、肌を限界まで研ぎ澄まし、魔術が執り行われる際に空間に起こる人為的な化学変化を察知して、それを退けたり、邪魔したり、回避したりする人間なら誰でも出来る可能性がある力であり、逆に一般的に第六感や感受性に秀でていて、頼る術士には不得意なスキルであるとされています。温度変化、音、気圧変化、空間の歪み、化学変化による匂いの変化、何か変化が起きると必ず兆しが大なり小なりあります。それを察知出来るように訓練するのが術潰し、スペル・ブレイクなのです。)


 ガジは石の階段を登りながら途方に暮れていた。どうするべきか分からなくなっていた。声を掛けてきた近衛兵達の心配する言葉も耳には入っていなかった。

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