第3夜 魔法使い
「喜ぶがいい!今夜は特別にこのワタシが貴女の為に本を読んでやろう。」
「…じゃんけんで負けたのは、カロンだよね。」
つい先程、珍しくカロンの方から提案があった。
いつもいつもティーナばかりが本を読み上げているのを気にかけてか、彼は自ら
進んで図書館から一冊の本を選んで来たのだ。
しかし、紳士でありながら意見のコロコロと変わる自由気ままな性格のおかげで
『たまには自分が本を読もう』から『勝負に負けた方が本を読もう』に移り変わって
しまった。
そしてその結果……見事にカロンの負け。
「ううむ。じゃんけん、とやらはシンプル且つ高度な戦略が求められる勝負であった
からに…高潔なワタシにはちと不利であった。」
「ぐー、ちょき、ぱーの三つだけしか使わないのに?カロンはもっと、色々出しても
いいと思うけど。」
「いいやならんっ。紳士たる者、一つと決めたら揺るがぬ意志で己の正義を貫き通し
周囲の模範とならねばいかんのだ。」
「…あー、うん。それは立派だと思う。」
「であろう?そうであろう?」
「カロンは素敵な紳士でとても高潔な人よ。だから、約束はちゃんと守って?」
ティーナがそっとカロンへ本を差し出すと、彼はすこぶる上機嫌にそれを受け取り
パラパラと表紙を開いた。
カロンが持ってきたのはティーナが近いうちに読みたいと思っていた物語。
今夜もまた、誰かが紡いだ世界を二人で旅する。
―――とある大きな島の人里離れた所に、村人たちから隠れるように建つ家がある。
その家に住まうのは凄腕の魔法使いで、彼女の元へはたくさんの依頼がやってくる。
怪我や病に効く薬や動物と心を通わせる呪いに召喚した鳥へ手紙を運んでもらったり
毎日が本当に大忙しであった。
忙しい魔法使いには一人の弟子がいて、弟子は不器用ながらも彼女の助手を懸命に
務めては合間に魔法の修行をしていた。
「魔法使いのお弟子さんって、男の子?女の子?」
「挿絵から見るに…女子ではなかろうか。長い髪にドレスを着ている。」
「カロン。これはローブっていうんだよ。」
「ごほん…っ…知っている。ああ、知っているとも!」
カロンはティーナの指摘にわざとらしく大きな咳払いをして誤魔化した。
そして彼女の次の言葉がやってくる前にさっさと本を読み進めてしまう。
―――ある日のこと。大事な依頼で留守を任された弟子は、魔法使いが召喚した
鳥の運んできた手紙で彼女が魔物によって大怪我を負わされたことを知る。
『大変!こうしてはいられない!』
弟子は魔法使いから習った瞬間移動の魔法でひとっとび。
大好きで尊敬する魔法使いの元へと駆け付けたけれど、彼女の状態はあまりよくなく
早く治療しなければならなかった。
『師匠。私が必ず、助けてあげます。』
まだまだ未熟な弟子は思考錯誤を重ねて…やっと、一つの魔法に辿り着きます。
それが―――
「すとっぷすとっぷ!カロン!話が進むのが早いよ!」
「早いのは当然だろう。作中でもココは急いでいる所に当たるのだ。内容に合わせて
緩急をつけた方が臨場感が出るというもの。違うか?」
胸を張ってどこか誇らしげに語るカロンは自信たっぷりに言い切った。
確かに聞き手の想像を膨らませやすくする為の工夫として読み方に表現をつけるのは
大事な要素ではある。
「えっと…違わないんだけど…折角、お弟子さんが色んな魔法を試して実験したり
薬を調合したりって努力する姿があるんだから、そこは飛ばさないでじっくりと
読んでほしいな?」
「ううぬ…ワタシにこの、魔法が失敗した時の効果音を出せと言うのか。コレは
流石に無理難題と呼べるモノよ。」
「そ、そこまでは言ってないよ!ただ…そういった過程を大事にすることで、結果に
見えたものの感動の大きさが全然違ってくるの。カロンだって、今まで頑張ってきた
ことが実を結んだらとっても嬉しいでしょ?」
尋ねられてカロンは少しだけ沈黙して、それから答えた。
「…確かに。確かにその通り、だ。しかし。ワタシの頑張りは果たして本当に実を
結ぶ結果となりうるだろうか。」
「それはどういうこと…?」
今度はティーナが首を傾げて考える仕草をする。
カロンの表情はわからない。
それでも、彼女には彼が苦笑しているように見えた。
「ああ、そうだろう。ワタシの頑張りとは、貴女のことだからだ。毎日毎日、飽きも
せずワタシを使い振り回すのだ。少しは一人でできないのか?いや、不可能か。」
「し、仕方ないでしょ!私はまだ子供だし、カロンは大人なんだから…出来ることに
差があるのは当たり前っ。」
むうっと頬を膨らませて拗ねるティーナにやれやれと緩く首を左右に振ってから、
カロンは気にせず本の先を読み上げる。
魔法使いを助ける為に弟子は大魔法という難度の非常に高い魔法を成功させ、無事に
彼女の大怪我を回復させる偉業を為す。
この物語もハッピーエンドを迎えたが、ティーナは最後の最後まで拗ねていた。
「…私だって、少しくらい料理ができるもん。」
寝言でもそう呟くティーナにため息を溢した後、カロンはふらりと館の厨房へと足を
運んでヒヤリと冷たいシンクの底に落ちていた小さな鍵を拾う。
彼には初めからその鍵がそこに在ると――知っていたかのように。
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