第2夜 白馬の王子様


―――昔々。どこかの国のお姫様はとっても引きこもりがちでした。

お姫様は外には危険がいっぱいだと怖がって出て来てくれないのです。

それに大変困った王様は、隣の仲良くしていた国の王様に相談しました。

『ワシの娘が部屋から出て来てくれないのだよ。』

するとお友達の王様は良い方法があると言って、とある人物を向かわせました。



「カロン!この『とある人物』って、誰だと思うっ?」



ティーナは本から視線を外してカロンを見やった。


薄暗い中でも光を放ちそうな期待の込められた大きな瞳で彼を凝視すれば、カロンは

相変わらず見えない表情のまま軽く首を傾げて考える仕草をする。



「…ふむ。これはそうだな。姫を外へ出すのだから、言葉巧みでなければな。だと

するなら人の心を自在に操ることに長けた教育係であろう。」


「ぶーっ!カロン失格!」


「何故だ。心を動かせる者でなければ不可能だろう?」


「夢が無いのよ、夢が。お姫様って言ったら、相手は決まってるでしょ?」



理解できない。そう告げるようにカロンが両手を肩の高さまで持ってきて見せると、

ティーナは仕方ないとそれに応えるように本の続きを読み上げる。



―――引きこもりがちなお姫様の元へと向かったのは一人の素敵な王子様。

お姫様の国でも有名なくらい優しくて格好いい男性だけれど、肝心のお姫様は

そのことを知りませんでした。

『貴方は誰?貴方も私をこの部屋から連れ出そうとするの?』

怖がるお姫様に王子様は優しく微笑んで言います。

『私は隣の国から来た者です。貴女を連れ出すようには願われましたが、私には

そのつもりはありません。』

それを聞いたお姫様は不思議に思って王子様に興味を持ち始めます。

今までの人たちはお姫様を無理矢理にでも出そうと四苦八苦していたからです。



「待て待て。どうしてそこで、姫は王子に興味を持つのだ。もしや、その王子に

特殊な能力でもあるのか。」



話を遮るように疑問を投げ掛けたカロンに、ティーナは得意げに返した。



「皆とは違うことをされたら誰だって不思議で興味を持つでしょ?しかもそれが

優しくて格好いい王子様なんて、とっても素敵。」


「んん?」


「えーっとね…。例えば、私はいつもカロンにお願いしたりするでしょ?それが

ある日突然、一回もしなくなったら…どう?」



カロンは想像を膨らませているかのように大きくゆっくりとした動作で頭を上下に

移動させ、それから軽く手を叩いた。



「それはそれで良いな!ワタシの面倒が減るのだから大いに結構。」


「うん。ごめんね。カロンには理解できないことかも。」



ティーナは自分の例え話が悪かったと思う傍ら、彼の自分優先な考え方が変わる

ことが無いのに苦笑して本の続きに入る。


物語はお姫様と王子様との何度かの静かで温かな交流を描き、徐々に外へ出ることに

勇気を持ち始めたお姫様の姿と気持ちの変化を表していく。



―――ある日。王子様は遂にお姫様を外へと連れ出すことに成功します。

外はとても輝いていて、野には本で見るよりも美しい花々が咲いていました。

外は決して怖いものばかりじゃない。

お姫様はゆっくり、少しずつだけど一歩ずつ、地面を踏みしめていきます。

しかし、それでも恐怖が完全になくなったわけではないので、お姫様は途中で

動けなくなってしまいます。

すると王子様は白馬に乗ってお姫様を迎えに来たのです。

『姫。ここから先は私の愛馬と共に進みましょう。』

『王子様…。』

救いの手のように差し出された王子様の手を取って、お姫様は王子様に身を委ねて

安心することができました。



「…のう。馬は、いつの間に取りに行ったんだ?」


「お姫様が一人になった時じゃないの?」


「うん…?姫は一人で、外に出たということか?」


「違うよ。ほら、ここ。『王子様は遂にお姫様を外へと連れ出すことに成功します』

って書いてあるでしょ?お姫様が一人で外に出ていないって、ここでわかるよ。」


「しかし。しかしだな。彼らは一度は離れなければ、馬という存在がぽっこりと

突然に現れたことになるだろう?」


「そこはー…ほら、きっと王子様が事前に馬を従者に用意させていたのよ。だから

お姫様をすぐに迎えに来ることができたの。」


「ふ、ふうむ…?」



あまり納得できないといったふうなカロンを置いて、ティーナはその後も物語を

読み進めていった。


少しずつ進展していく王子様とお姫様の仲は周りも認める素晴らしいものとなり、

その最後は結ばれるハッピーエンドが紡がれる。


ティーナは幸せな気持ちのまま眠りにつき、カロンはそれを見送ってから一人で

夜闇に沈んだ館の庭に出ていた。


頭上を輝く月を少しだけ恨めしそうに思いながら、庭の中央で光に反射して鈍く

光る小さな鍵を一つ拾い上げる。



「…ああ。そうだな。手の掛かる者が、急に掛からなくなるというのは――ワタシ

には不思議で興味沸くモノではないが…心配でとても寂しいものだ。」

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