語る少女は騙る紳士と本を読む

花陽炎

第1夜 眠れない少女とヘンテコ紳士


人里から遠く離れた場所にひっそりと建つ、大きな館。


そのどこか古ぼけた館のすぐ周りはぐるりと覆い隠すようにして生えた木々が囲い、

側を通る何者の目も寄せ付けない。


人も、森に住まう動物でさえも。



「カロン!あの本を取って!」



背中まで届く長いストロベリーブロンドの髪を左右に揺らしながら、一人の少女は

小さな手を懸命に本棚の上の方へ伸ばし背後で寛ぐ一人の顔もわからない人物に

話しかける。


ピシッと新品同様なスーツを着込んで館内だというのにシルクハットを被ったままの

その人は、表情がわからないでも明らかに面倒そうな息を吐く。



「…何故、ワタシが取らなければならないのデス?」



乗り気でないその声色に少女は今も寛ぐ姿勢を変えないでいる人物――カロンを

振り返って不満そうに頬を膨らませた。



「カロンは紳士なんでしょ?女の子が困ってお願いしていたら、すぐに助けるのが

紳士のすることじゃないのっ?」


「如何にも。ワタシは立派な紳士である!…だが、ワタシにはイマイチその…

『レディーファースト』なるものは理解できん。」


「今のこれはレディーファーストとは関係ないの!早く取って!」


「やれやれ…注文の多いレディだ。」



重い腰を上げてカロンは少女が取ろうとしていた本を簡単に本棚から取り出して、

それをゆっくりと手渡す。



「ありがとう!…でも、どうしてこの本が取りたいってわかったの?カロンはずっと

後ろを向いていたでしょ?」


「紳士たる者、いつ女性の声が掛かっても対応できるように背中にも目がついている

のだヨ。まあ、できるのはワタシくらいでしょうが。」


「さっきまであんなに嫌そうにしていたのに?」


「それは貴女が」


「あ!いけない!鳥さんにご飯をあげる時間!」



本を抱えたまま図書館を走って後にした少女に気づくことなく、カロンは一人で

言いたいことだけを語っていた。


彼が満足して意識を戻せば、聞いているはずの少女が忽然と姿を消していることに

『やれやれ』と肩を竦めてどこかへ歩き出す。


向かったのは少女の部屋のベランダ。


彼女はいつも朝と昼の二回、どこかから飛んでくる鳥に餌をやっているのだ。



「ティーナ。」



カロンの声に少女――ティーナは振り返って笑った。


キラキラとした陽光に宝石のような赤い瞳が眩しくてカロンは少しだけ後ずさる。



「カロン!あなたも鳥さんにご飯をあげてみない?」


「いいや遠慮しておく。貴女には何度も説明しているが」


「ああっごめんなさい!カロンは陽の光が苦手なんだった。私ったら、つい。」


「……。ごほん。思い出したなら、イイでしょう。」


「ねえカロン。あなたも鳥さんを撫でてあげたらどう?」


「………。」



陽が出ている間の彼らのやり取りはいつもこんな感じ。


この館に住んでいるのは今はティーナとカロンの二人だけ。


ティーナは長期で外へ仕事に行ってしまった両親の帰りを待ち続け、カロンはそんな

彼女が広い館に一人では可哀想だと両親が頼った不思議な人物。


陽の光や眩しい場所がとても苦手で館内は常に薄暗く、彼女はカロンの闇に沈んだ

その顔を一度も見たことがない。


彼曰く紳士らしいのだが自由気ままな性格にレディーファーストどころか自分が

最優先な『アイムファースト』なのだ。


更に、紳士なのだが言っていることもコロコロと変わってティーナの思考を混乱

させてくる困ったさん。


それでも彼には、唯一好感を持てるところがある。


陽がすっかり沈んで辺りを闇が包み込み、誰もが寝静まる時間。


ティーナは『夜』というこの時間が一番嫌い。


寝つきの悪い彼女は初めこそ『ずっと起きてる!』と意地を張っていたのだが、

カロンの提案で一夜に一冊、本を読むことにした。


そして彼は、本を読んで夢の世界へと沈んでいくまでティーナの傍にいてくれる。


だからティーナは『夜』という時間が一番楽しみになった。


今夜も二人で本を読もう。


カロンに取ってもらった、一冊の古びた本を。

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