第15話
――10年前
あたり一面は真っ赤に染まっている。
ここは森の中。日はすでに落ちている時刻。それなのにも関わらず、この一帯の景色は依然として明るい。
それは今現在この森一帯が焼け野原となっているから。
火の勢いは衰えることを知らず、激しく辺りを燃やし尽くしている。
その一角にかろうじて原型をとどめている状態の馬車がある。
馬車の周りには火の手が回ってきていないが、火の手は今にも迫ってきそうな勢い。
「ここは……私は……」
馬車の中には、少女の姿が。
少女の頬は痩せこけており、身体全体も細く、栄養不足と思われる。
身に着けているものも、布切れ同然の粗末なシャツ1枚。
少女の体のどこかを損傷しているのか、シャツの所々に血が染みついている。
少女は、立ち上がると、じゃら、と少女の足元から何かを引きずるような音がした。
この時少女は、初めて自身の手足に何か付いていることに気づく。
少女の手足についていたのは、鉄製の手枷足枷。
枷の先には鎖が付いているが、幸いなことに途中で切れている。これは少女を拘束していたということなのだろう。
切れた先は、馬車の壁につながっている。
壁には同じような拘束具がいくつも見られる。そしてどれも同じ状態になっている。
少女の目に映るのは、自分と同い年くらいの少年少女。
しかしどれも、物言わぬ死体となっていて、とても直視できるようなものではない有様。
その光景を見た、セシルはその場にうずくまり、胃の中から逆流してきたものを、そのまま吐き出してしまった。
少女は馬車の外へと出る。
周囲は炎で立ち込めていた。
馬車の近くには、さっきと同じように死体が2つ。どちらも大人の男性だった。
ひとりは、手足にはキラキラと輝く宝石でできた指輪や、アクセサリーがこれでもかと身につけ、服装も、少女のとは比べ物にならない程のいい素材で作られたものを着た、よく肥えた男性。
もうひとりは、打って変わって、無駄のないよく鍛えられていた男性で、身に着けているものも、動きやすさ重視の軽装で、体の急所の部分を守るように金属のプレートがついていた。手には剣が握られていたが途中で二つに折れてしまっていた。
少女は無我夢中で走った。周囲の炎の熱が、だんだんと少女の体力を奪っていく。
どれだけ走ったかもわからない。遂には、何もないところで躓いて転んでしまう。
そこから起き上がる体力は、もう少女にはなかった。
すると、付近の森から木々の焼け落ちる音に交じって、ざわざわ、と何かをかき分ける音が聞こえてくる。
音は、段々と少女に近づいてきている。
その音は、少女の近くから聞こえるまでになり、それに合わせて木々が揺れている。
木々の中から出てきたのは――魔物。
4足歩行の狼のような見た目をしたそれは、その赤く光った目で少女を見ている。
少女は、恐怖から逃げようとするも、体はいうことを聞いてくれない。
グシャリ。と酷く嫌な音が響く。
あたりに血しぶきが引き跳ぶ。
魔物が加えているのは、人の血肉。
少女は、魔物から逃げようとしていた。
残された左腕を使って地べたを這いつくばりながら。
死にたくない。すぐにでも消えてしまいそうな命を体を動かしていたのは、ただそれだけ。
しかし、無情にも魔物は少女を逃がしはしない。
魔物が少女の襲い掛かる。
少女はまだ、地面を這って移動している。彼女の意識はすでに朧気で、ほぼ無意識。
その時、少女の体が何かにぶつかる。
それは人の足だった。
少女は、視線を上へと向ける。
自分を見下ろすその人の長く透き通った銀色の髪は、燃え盛る森の炎が、その輝きをいっそう強めている。
この時、すでに魔物は、この世からその存在を消滅させていた。
少女を見ているその人は、魔法を発動させると、少女の頭上に、1冊の魔導書が出現する。
魔導書はそのまま、少女に向けてゆっくりと降下していき、やがて少女の体の中へと溶け込んでいく。
「あああああああああ!!!!」
それと同時に、激しい魔力の奔流が発生し、少女は、全身を襲い来る激しい激痛に、人のものとは思えないほどの雄たけびをあげる。
魔力の奔流が落ち着くと、少女の雄たけびもやみその場に気を失っている。
先ほどまでいた少女の身体を、今にも死にそうな子供から、全ての人を魅了するであろう白き肢体と魅惑的な容姿を持った、大人の女性へとその姿を変化させて。
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