第1話

 市場の人の流れが少し落ち着いたところにその建物はある。

 中に入ると、そこにいたのは、年齢は20~40位の男ばかりで、手元には酒の入ったジョッキを抱えて4、5人でテーブルを囲んでいる。

 あるテーブルでは、何かの祝勝会なのか、ジョッキを合わせる音がしてから、一気に酒を胃の中へと流し込んでいる。

 またあるテーブルでは、落ち込んでいるのだろうか、ジョッキをテーブルにたたきつけたかと思うと、急にわき目も降らずに泣き出し、それを周りの人に慰められている。これだけ見ると、ここは只の酒場で、昼間から飲んでいる客しかいない。


 ただ、この人たちには皆共通点がそれぞれ見つかった。


 まず一つは彼らの服装。

 どの人も、軽くて動きやすそうな服装で、服の一部には、金属のプレートが入っていた。

 このプレートは人によって大きさがまちまちだが、共通しているのは、胸や腕、足など体の急所に当たる部分に入っていること。


 そしてもう一つ。

 彼らの腰には、魔導書の入ったバッグを持っているということ。


 

 ここは、『魔導師ギルド』。

 誰でも魔導書が持てるようになり、魔法が世間に広まると同時に、魔法に関する事件、事故が多発するようになった。

 そんな魔法がらみの事件や事故に迅速に対応することを目的一人の魔導師が創り出した組織が大きくなり、今の魔導師ギルドになっている。


 魔導師ギルドの主な役目は、魔導師への仕事の斡旋と各地の魔導師間での情報の共有、連携。

 魔導師へ依頼したい人は、魔導師ギルドを通して依頼を出す。

 魔導師ギルドは、出された依頼の内容と報酬を、各ギルドに置かれている掲示板に掲示。

 魔導師が依頼内容を見て依頼を受け仕事をする。

 これにより、 大きいものから身近なものまで、多種多様な依頼が舞い込むようになり、魔導師も多くの依頼の中から、自分の実力に合った依頼を受けることができるようになった。


 また、魔導師ギルドは大陸の大小、様々な土地に支部を設置することで、様々な場所にいる魔導師に、速やかに幅広い情報を提供できるようにした。

 その速度は、国が出している早馬の伝令よりも早いとされていて、ものの1時間もあれば、ギルド間で情報を共有できるとも言われている。

 これにより、難度の高い依頼を実力の高い魔導師へと依頼する機会が増えることで、依頼の達成率が、格段に上がった。



 ここルルベルにある魔導師ギルドは、この周辺では一番の規模を誇るギルドのため、他の所と比べ多くの依頼が舞い込んでくる。

 そのため、多くの魔導師がここを拠点にして活動している。活動している魔導師も、新人からベテランまで幅広くいる。

 ここのギルドは、ギルドマスターの意向で、内部に酒場を併設しているのも特徴のひとつ。今も昼にもかかわらず多くの魔導師で賑わいを見せている。


「こんにちわー」

 と入口の扉を開く音とともに、一人の少女が入ってきた。

 少女は、全身を白を中心に、アンダーに黒を入れた服を着ていて、足元はひざ下までの白のブーツ。全体的に動きやすさを重視しているかのように、ひざ上までのスカートの中には黒のショートパンツ。肘から手の甲までを保護するように、黒のサポーター。金属部分が胸元や関節部分の最小限度に抑えられている。

 それだけでなく、少女の服に使われている生地には、防御魔法が組み込まれている特注品。


 彼女の名前は「アシュリー・C・クローネ」。彼女もまた魔導師の一人だ。

 年齢は、15歳だが、周りよりも一回りほど小さい体格と、幼さの残る顔立ちから周りの人たちの向ける視線が些か犯罪臭を感じるほどに見えてくる。



 店の中に入っていくアシュリーに、ギルドにいた人たちはそれぞれ気さくに声をかけていく。アシュリーもまた、それに答えるように会話を交わしていく。

 現在、この都市にいる女性の魔導師は非常に少なく。このギルドで見かける事のある魔導師は、彼女とあと一人しかいない。

 そのため、魔導師たちはアシュリー目当てでここに来ている人も実はいたりする。



 彼女は、そのままカウンター席まで歩いていく。カウンター席には、一人の男が座っていた。

 男の恰好は、全身をガッチリとした金属の鎧を身にまとっているためか、周囲からかなり浮いた存在になっていた。

 アシュリーは、迷わず男の隣に座ると、カウンターの先にいた店員にドリンクのお茶を注文する。



「お待たせしました、レイモンドさん」



 鎧を身にまとった男の名前はレイモンド。

 交易都市ルルベルには、町の治安維持のための組織が2つ存在している。

 一つは、『騎士団』と呼ばれる、この都市が創設された時からある、魔法よりも剣技などの直接戦闘に長けた人たちが集まる組織。

 そしてもう一つが、この都市の維持のために資金援助をしている魔導師貴族の名門フラウロス家の現当主「ルワール・フラウロス」が組織した『魔道兵団』。

 この組織は、設立こそ7年前と新しい組織だが、数々の魔法研究の成果をもたらし、人々の暮らしを豊かにしていった実績があった。

 そしてレイモンドは現在、騎士団を束ねる団長の立場に30歳にして就任した実力の持ち主。アシュリーとは、とある理由から古くからの知り合いで、彼女にとっては年の離れた兄のような存在の人。



「悪いな。わざわざ」


「それにしても、いつ見ても場違いな格好ですね」


「どうも俺はこの格好じゃないと落ち着かないみたいでな」


「騎士団長ってやっぱり大変なんですか」


「想像以上に大変さ。何年やっても俺にはまだ荷が重いさ。やっぱりあの人はすげーな……」


「……そう、なんだ」



  この時、2人の頭の中には同じ人物が浮かんでいた。それは、アシュリーの父親。

 アシュリーは今から7年前に、自宅に強盗が押し入り、両親を殺されてしまった。

 彼女の両親は父親は当時の騎士団の団長で、母親も現役から離れてはいたが実力のある魔導師であった。しかし、アシュリーと彼女の姉を人質に取られ、抵抗することができなかったのだ。

 レイモンドは、当時は入団したての新人で、彼女の父親に毎日厳しい稽古をつけてもらっていた。その縁で、たまに自宅に呼ばれ、その時にアシュリーとも何度か会っていた。



「……すまん」


「いえ、気にしないでください。それより、頼まれてたことなんですけど」



 今日アシュリーがここに来たのは、彼から頼まれていた調査依頼の報告を行うため。

 騎士団の都市近郊の定期調査の際に、北の森にて魔物の群れと遭遇したとの報告がレイモンドに上がってきていた。


 『魔物』はこの世界に存在する魔力が何かの形を模したもの。

 そのほとんどは、数刻と経たずに自然に消滅してしまうものがほとんどだが、中にはより多くの魔力を内包しているものは、実体を持ち始め、それらは人間にも害を及ぼす存在となっている。


 魔物の群れの詳細な規模は不明。騎士団は、都市の治安維持以外の人員を、別の事件の調査に割いているため、人員的のも実力的にも対処するのは難しい状態だった。

 そこで彼は、今動ける魔導師の中で、自身が知る最も腕の立つ魔導師である、アシュリーに調査を依頼したのだ。



「結果は……」


「残された魔力の残滓から考えて、すでに誰かに討伐された後でした」



 アシュリーがレイモンドから依頼を受けて、北の森に入ったときには、すでに魔物の気配は感じられなかった。残っていたのは、魔物のものと思われる魔力の残滓くらいであった。

 アシュリーは、その魔力の残滓をもとに魔物を行方を捜してみたのだが……



「魔物の死体はやはり」



 レイモンドは、アシュリーの調査結果を聞いて、納得した表情をしている。



「周りを見てみたけど、それらしいのは何も」



 魔物の残滓の終着点までアシュリーはたどってみると、所々木々の枝が折れているのが続いているのを見つけた。ここを複数の何かが通ったのは確実。恐らく魔物だろうと彼女は推測を立てつつ、魔力の残滓をたどる。

 

 そして、魔力の残滓の切れた場所まで来たが、そこには魔物の姿は影も形も見当たらなかった。アシュリーはそれに疑問を感じる。

 騎士団が見た魔物は確かに実態を持った個体だという話だ。仮に誰かが魔物を討伐したというなら、魔物の肉片といった、何かしらの痕跡が残されているはず。それなのに魔物の影も形も見当たらない。



「そうか……他に何かわかったことはあるか」



 レイモンドの言葉に、アシュリーは実際に見た状況から原因を考える。



「うーん、あんまり……考えられるのは消滅系の魔法なんだけど……そんな高度な魔法使える人なんているのかな?」



 消滅魔法とは、言葉の通り対象を跡形もなく消滅させる魔法のこと。確かにこの魔法なら今回の件にも辻褄は合う。しかし、これは限りなくありえない可能性の一つでもあったのだ。

 消滅魔法は、規模の小さいものなら、魔導書に書き込むことができ扱うことは可能だ。実際、市民たちが部屋の掃除や、体の汚れを落とす際に使われている魔法がそれだからだ。

 しかし、魔物1体を消滅させる規模の魔法となると、潜在的に高い魔力量を持つか、魔法を扱う技術に長けた人でないと使うことはできないため、使える魔導師は限られてくるのだ。


「ギルドの連中にはいないのか」


「残念だけどうちにはいないね」 

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