第5話

「……モンドさん……レイモンドさん」


「……?どうした?」



 ギルドの酒場ではいつもと変わらぬ宴会騒ぎ。事件も何のそののいつも通り。

 その中で、レイモンドもカウンターで酒を飲んでいるが、先ほどから手にグラスを持った状態から全く進んでいない。



「進んでないみたいだけど。もう酔っぱらった?」


「ん?ああ……ちょっと考え事をを……」


「……ルワール様の事?」


「……ああ、やっぱりあいつを見てるとどうもな……」


「でも、ルワール様がいたから私は助かったわけだし、お姉ちゃんの事も探してくれてる」


「それなんだよな……俺はやっぱり納得してねえ。団長が賊なんぞに殺されたことに」


 レイモンドは、当時の団長であったアシュリーの父親のことは、よく知っていたからこそ、納得がいっていなかった。


 いくら何でも無抵抗すぎではないか……

 仮にアシュリーが人質に取られていたとしても、魔導師として優秀であったアシュリーの母親が何もできなかったのか……


 魔法の研究のために実践から離れていたとしても、その実力はリサにも劣らないほどなのに……



「……お前に行ってもしゃあねえな。今日は好きなものでも頼みな。全部出してやる」


「どうしたんですか。珍しい。というか、レイモンドさんからその言葉聞いたの初めて」


「そんなの偶々だ、偶々。いくら俺だって今日一番頑張ったやつにこれくらいは当然のことだ。むしろ足りないくらいだ」


「……今日はいつもより多かったですね、魔物」


「おまけに周辺での魔物の目撃報告が上がってくるのも、日増しに増えてるからな」


「それはうちも同じだねー」


 リサが二人の前にそれぞれ料理をおいていく。


「うちに来る、魔物討伐の依頼もここ最近は明らかに増えてるからね。そしていざ依頼を受けていざ現場にいてみたら、そこには魔物の影も形もありませんでした……ってね」


「……それと関係あるかわからんが、近頃女性が何者かに襲われる事件が多発しているらしい」


「ああー、そういえば丁度同じ時期くらいからか」


「それってどんな事件なんですか?」



 レイモンド達が語る事件の内容はこうだ。

 とある魔導師がいつものように街を歩いていると、路地のほうから、普段感じたことのない妙な魔力を感じたという。


 魔力のするほうへと向かってみると、そこにいたのは、ドーム状の結界に包まれて気を失っていた女性と、その周りでボロボロの恰好で倒れていた男たちの姿が発見されたそうだ。

 襲われた被害者にその男たちは入らないのか?


 実はそいつらは、女性に路地裏に連れ込んで襲おうとしたそうだ。そうしたら、何者かにやられたという何とも自業自得な話。未遂とはいえ、男たちには、厳罰が処されるそうだ。


 これをきっかけに次々と女性が襲われる事件が多発していた。

 そのどれにもある共通点がある。女性が事件のことを何一つ覚えていないということ。

 女性に状況を聞いてみると、思い出せないという話ではないそうだ。事件のあった時間から数時間前までのことを何一つ覚えていないそうだ。


 まるで、その部分の記憶がすっぽりと抜け落ちてしまったかのように。

 


「被害にあった人たちは今は大丈夫なんですか?」


「ああ、外傷のある人は皆無だから、ほとんどの人は2,3日安静にしたら日常生活に戻ってる」


「そっか、よかった……」


「よかったって、他人事みたいに言ってるけど、お前たちにも関係ある話だからな」


「何?あたしたちが狙われるって?誰に向かって言ってるんだい。逆に返り討ちにして、捕まえてくるさ。ねえ?アシュリー」


「誰もお前みたいなやつ狙うもの好きなはいねえよ」


「なんだって?やるのかい?ええ?」


「リサさん。落ち着いて、レイモンドさんもリサさんのことが心配なだけなんですから」


「んなわけねえだろ。誰がこんな化け物女……」


「おいコラ今なんて言った?」


「二人とも、落ち着いてください!」






 夜も深く人々が寝静まっている時刻。

 リサはギルドの仕事をようやく終え、帰路についている。このところの事件の連続により、ここ数日はギルドに泊まり込みで仕事をしていたリサ。久々に自宅に帰れる。

 肉体的な疲労より、精神的な疲労のほうが大きいリサは、凝り固まった体を伸ばしている。


 人の気配のない街中を歩いていたリサだが、不意にその足を止める。



「……そこにいるのはわかってるから。そろそろ出てきたら?」



 リサの声に反応するように、何もない空間がゆがんで、目の前にフードをかぶった女性が現る



「女の子?……あなたが事件の犯人?とりあえず、おとなしくしてもらおうか」



 リサは魔法を発動させると、相手の周りに鎖を出現させその体を拘束させていく。さらに、女性の周囲に炎を発生させ、身動きを封じる。



「あまり、手荒なことはしたくないから、おとなしく話を聞かせてもらえる?」



 事件の犯人と思わしき女性を拘束したリサはひとまず安堵する。少し拍子抜けな気がしていたが、気持ちを切り替えて、彼女の正体を確かめるために相手に近づく。


 その時にはすでに女性を拘束していた鎖が存在していなかった。



「(いつの間に。どうやって、ちゃんと魔法は発動してるはず……魔法が切れてる?私が解除した?……自分で?)」


 その瞬間、女性からの魔力の反応が急速に高まる。

 そのことに意識を切り替えるリサ。

 一方女性は、身に着けていたフードを外す。


 女性と目が合うリサ。



 その瞬間、女性の周囲を覆っていた炎の魔法も消え去る。



「(まただ……勝手に魔法が解除された。いや、私が解除してる?……何が起こって……体が)」



 気づいたときにはリサは、自分の体を動かすことができなかった。まるで何かによってその場に縛り付けられているかのように。


 女性がゆっくりとリサに近づいてくる。

 リサは女性の目から視線を逸らすことができないでいた。

 やがて、女性がリサの目の前まで来る。

 

 女性の顔がリサの顔にだんだんと近づいてくる……


 その唇と唇が引き寄せられるように近づいていき……





 そしてその距離が……ゼロに




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