第3話

 都市の住んでいる住民たちは、警報音がなった後、皆速やかに家の中に入り、家を覆うように防御魔法を発動させている。

 この防御魔法は、家そのものに備えつけられる機能で、家の中心に防御魔法しか入っていない魔導書に、少量の魔力を送り込むことで、それを増幅することで家全体を覆うことのできる規模の魔法にしている。この防御魔法の強度は、中級程度の魔物であれば、その攻撃を寄せ付けない程の頑強さを備えている。


 住民たちは家の中に、商人や旅人は、専用の避難所へと退避しているため、今外に出ている人は、魔導師しか見当たらない。都市のいたるところで、すでに魔導師と魔物の戦闘が開始されている。


 アシュリーが向かったのは、ひときわ魔力の反応が大きかった場所。魔力の反応が大きいとは即ち、それほど強力な魔物がいるということ。今、そこに迎える能力のある魔導師は彼女しかいなかった。

 ギルドマスターであるリサは、ギルドから都市内での状況を逐一把握しなければならず、ギルドから離れることができない。他の実力のある魔導師もそれぞれに別の魔物の元へ向かっているため。


 魔力の反応をのあった場所についたアシュリーは都市の中心部に位置する広場に来ていた。住民たちの避難は既に終わっているようで、周辺に人の気配は見当たらない。


 広場についたアシュリーが見たものは、広場を埋め尽くさんとする数の魔物。1体1体の魔力は、都市の周辺に出没する魔物と大差はないくらいなのがせめてもの救いといったところ。


「こんな数……いったいどこから」


 アシュリーは、魔法を発動させると、魔法陣が彼女の体を通っていく。彼女が今使った魔法は身体強化魔法。自身の肉体の攻撃力と防御力を上昇させると、魔物の大群の中に向かっていく。


 それに反応するかのように、魔物たちも次々にアシュリーに向かって襲い掛かってくる。

 アシュリーは、襲い掛かってきた魔物の攻撃をかわしながら、カウンターで魔物の懐に打撃を加える。アシュリーの攻撃を受けた魔物は、勢いよく吹き飛ばされていく。吹き飛ばされた魔物も衝撃で倒れていく。

 

 アシュリーは、次々と襲い掛かってくる魔物たちとの戦闘を開始する。





 数十分後。次第に疲れが見え始めてきたアシュリー。既に肩で息をし始めていることからもわかるほどに疲労の色を浮かべている。目の前にはまだ魔物の群れは依然として健在。既に討伐した数は100に差し掛かろうとしているにも関わらずだ。


 魔物は、そんなアシュリーの様子を理解しているかのようにさらに勢いを増して彼女に襲い掛かってくる。


 アシュリーも負けじと、魔物の攻撃をかわし、カウンターの攻撃を放つ。しかし、先ほどまでこれで倒れていた魔物の中に、立ち上がって再び向かってくるものが現れ始めた。疲労のせいで、攻撃が浅く入ってしまっていたのだ。


 襲い掛かってくる魔物の勢いが増し、アシュリーは魔物の攻撃をかわしたと思ったら、別の魔物の攻撃が彼女の目の前に迫ってきていた。


 とっさにアシュリーは、防御するも、魔物の攻撃を受け数十メートルほど吹き飛ばされてしまう。

 体制を整えようとしたアシュリーの目の前に迫る魔物。

 

 アシュリーはとっさに防御魔法を発動しようとするも、魔物の攻撃のほうが早い。


 魔物の攻撃がアシュリーの目の前まで迫る。

 

 しかし、魔物の攻撃は一向に来なかった。



 アシュリーは、無意識にかばうように出した腕をおろし、目の前を見ると、自身に襲い掛かってきていた魔物が、何かに縫い付けられたかのように、その場にピタリと身動きを止めていた。



「魔物の動きが止まった……?」



 と同時に止まった魔物に向けてアシュリーの後方から魔力弾が放たれる。

 魔力弾は魔物に直撃し吹き飛ばす。



「今の……」



 何が起きたかまだわかっていないアシュリー。

 すると、アシュリーの背後から人の足音が聞こえてくる。

 その人は、この都市に来る旅人が着ているような足元まで覆う大きさのフードを纏い、フードからでもわかる肢体から女性だということわわかる。フードの合間から見える部分も黒い服が見え、素肌の部分はフードからかすかに覗かせる顔位という出で立ち。


 女性は、その足取りをアシュリーの隣で止める。



「怪我は?」


「あ、いえ……特には」


「そう……」


「あの、さっきのって……」


「来るわよ」



 アシュリーは女性の言葉にハッとする。まだ魔物は無数にいるのだ。

 アシュリーが魔物に意識を戻したときには既に女性が魔物に向かって突っ込んでいた。


 女性は、その勢いそのままに周囲の魔物を次々と薙ぎ払っていく。

 そのスピードはアシュリーよりも段違いで速い。



「速い……っと私も」



 アシュリーも女性に続く形で魔物に攻撃をしていく。



「(さっきまでと違う……攻撃が通る?いや、違う……)」



 アシュリーの攻撃は先ほどまでどころか、戦闘開始の万全な状態の時よりも、魔物に攻撃が通るようになっていた。

 アシュリーの体力は、依然として戻ってはいない。ではなぜか。

 答えは魔物の動きにあった。魔物の動きが先ほどと比べるまでもなく鈍くなっていたのだ。今、アシュリーの攻撃をほぼ無抵抗で受けているかのような感触をアシュリーは感じている。



「どうして急に……でも魔物の今の状態なら」



 アシュリーは、魔物から少し距離をとると、集中して魔力を込め始める。彼女の足元に魔力陣が浮かび上がる。それも、先ほどまで使っていた身体強化魔法よりも大規模なものが。


 魔物に攻撃をしていた女性は、アシュリーの様子から、瞬時にアシュリーのより近くにいる魔物から優先的に攻撃を仕掛けていく戦い方に変えていた。


 次第に、アシュリーのやや後方の頭上に小さな魔法陣が十数個浮かび上がっていく。



「……行けっ!」



 アシュリーの掛け声とともに十数個の魔法陣から放たれたのは、魔力陣の大きさの先端の鋭利な氷柱。それらが一斉に、それも何度も魔物の向けて放たれる。

 氷柱は次々と魔物の体を貫いていくと同時にその体を凍り付かせていく。


 彼女が使用しているのは、氷結魔法と造形魔法の複合術式。氷結魔法で大気中の水分を凍らせ、造形魔法で氷柱に形作り、発射台となる魔法陣から敵めがけて一斉に放つ。その数は秒間30発。

 彼女は考案した大規模殲滅魔法。1発1発の威力自体はそこまで高くないが、広範囲を一度に攻撃できる技で、今回の戦闘にはうってつけの魔法のひとつ。

 最も、この魔法には弱点が存在する。ひとつは、魔法を発動するまでに時間がかかるという点。

 そして、もう一つ。


「しまっ……」


 先ほどの魔法から生き残った魔物がアシュリーめがけて襲い掛かってくる。迎え撃とうとするアシュリーだが、体が思うように動かず、魔法もうまく使えない。


 もう一つの弱点は、魔法を使った後に、彼女がまともに戦闘を行えなくなること。これは、彼女の持つ魔力の核に関係していて、彼女は魔導師としての実力は高いが、魔力の核自体には恵まれておらず、魔力量は魔導師として活動している人たちの平均にも満たない。

 そのため、今回のような大規模魔法は、彼女にとってもリスクが高い行為。


 魔物の攻撃がアシュリーに迫る。


 攻撃が当たる……


 その瞬間、先ほどまで一緒に戦っていた女性が一瞬にしてアシュリーの目の前に現れる。

 女性は、そのまま右手で魔物を抑えている。

 魔物は先ほどまでの勢いが嘘のように苦しみもがいている。

 女性は、そのまま魔物めがけて、自身の左足を振りぬき、蹴り飛ばす。

 最後の1体だったその魔物はその動きを停止させた。



「これで全部」

 

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