第16話 お小遣い
日本一でっかい村、と言われたものの、簡単に行けるのかどうか判らない。
何となく北海道にでもあるのではないか、という気がするが、それは奈良県にあって、奈良県の面積の六分の一を占めるらしい。
奈良県と滋賀県の大きさは近いから、滋賀県の六分の一である琵琶湖と、ほぼ同じ大きさの村ということになる。
なるほど、七菜香の言う通り、でっかい村だ。
村の殆どは山岳地帯で鉄道は通っていないから、途中からバスに乗ることになる。
「お兄」
お
「どうした?」
七菜香の寝息を聞きながら、あれこれ調べるのは心地よくて、いつの間にか夕方になっていた。
七菜香は俺のスマホの画面にチラリと目を向ける。
表示されているのは、次の目的地の風景だ。
「お金、大丈夫?」
起きて早々、何の心配してるんだか。
でも確かに、今月だけで滋賀と奈良に行ったし、二人ぶんだと交通費だけで結構な額になる。
毎月の小遣いでは
このままでは、そう遠くないうちに資金は底をついてしまうだろうし、何らかの手段を講じなければ。
「お兄は無駄遣いしないから貯金はいっぱいある。心配するな」
「あい」
七菜香が微笑む。
いつもの力の抜けたような笑みじゃないのは、熱で
普段とは逆に、少し力を込めないと笑えないのかも知れない。
「まだ寝てろ」
髪を撫でると七菜香は目を閉じた。
いい夢を見てくれるといいなぁ。
お母さんは、いつも定時に帰ってきてくれる。
親父はいつも遅いが、今日は何故か早く帰ってきた。
レトルトではない手作りのお粥を食べさせに、お母さんは七菜香の部屋に行く。
久し振りに、リビングで親父と二人になる。
「父さん」
晩御飯を食べ終えて、ノートパソコンと
「ん?」
パソコンから目を離し、ちゃんと話を聞く体勢になってくれた。
「バイトしようと思うんだけど」
イトウさんのいるコンビニ?
いや、それは止めた方がいい気がする。
「小遣いが足らないか?」
多分、同世代の平均より少ないとは思うが、今までそれで不自由はしなかった。
「そういうわけじゃないけど……」
親父が気難しい顔になった。
認めてもらえないのだろうか。
「父さんな」
「うん」
「お前は真面目すぎると思うんだ」
「え?」
「例えば、お前は父さんがノートパソコンで仕事をしてると思ってるだろ?」
え、違うのか?
「母さんがいない
「マジかよ!」
親父が笑う。
多分、俺に気を遣わせないように冗談を言ってるんだろう。
いや、でも、親父のことだから、まさかはあり得る。
「稼いだお金を何に使う?」
無駄遣いではない
次に行きたい場所も説明する。
「お前、休日はそうやって出掛けていて勉強に付いていけるのか?」
「いや、それは平日の勉強量を増やして」
「じゃあバイトはいつやるんだ」
「出掛けるとしたら土曜だし、日曜なら空いてる」
「週一回の求人なんてそんなに無いし、遠出した翌日に仕事、その次の日から学校、休める日が無いじゃないか」
別に毎週のように遠出するつもりは無い。
とは言え、親父の言いたいことも判る。
実際のところ、成績はあまり良くないし、今までバイトをしたことが無いから、その不安も大きい。
両立してみせる、なんて断言することは出来ない。
「バイトは、認めん」
「なっ、どうして!?」
親の許可さえあれば、学校もバイトは禁止していない。
週一回でも働ければ、月に二万くらいにはなるだろうし、それだけあれば交通費は賄える。
「お前は俺が何のために働いてると思ってるんだ?」
「……そりゃあ、家族の生活のため?」
「勿論それは大前提としてあるが、子供の選択肢を増やすため、というのが大きい」
「選択肢?」
「例えばお前が海外に留学したいと言うなら、その費用は出せる。ピアノを真剣に弾きたいと言うならピアノを買ってもいい」
いや、だからバイトをして、金を貰って選択肢を増やせばいいんじゃないのか?
「お前にとっての勉強は、それと同じことだ」
「?」
「知識が多ければ多いほど、選択肢は増える」
「それは、そうかも知れないけど……」
「交通費、食費、お土産代、あとは何が要る?」
「は?」
「毎回、実費を請求しろ。そのくらいは出してやる」
「いや、でも、これって遊びみたいなものだし」
「遊びも大事だ。色んな土地を見て、あるいは七菜香ちゃんといることによって、何か感じるものがあったり、得られるものがあるならそれでいい」
「……」
「次は十津川村だったか?」
日本一でっかい村だ。
「あそこはバスだけで移動するのは大変だ。タクシー代として三万渡しておく」
「三万!?」
「お釣りは返せよ」
「いいのか?」
「構わん。ただし」
何か条件があるのか?
「ラブホ代は出さん!」
「いらんわっ!」
「いや、しかし、若い男女、そんな気にならないとも限らない」
「兄妹だぞ!?」
「お前は何を言ってるんだ」
「父さんこそ何を言ってるんだ」
「血の繋がらない妹なんて、最高のシチュエーションじゃないか」
「姫香みたいなこと言うな!」
「姫香? ああ、前の母さんの新しい子か。なるほど」
何がなるほどだ。
「つまり姫香ちゃんとやらは、お前に血の繋がらない妹としての立場を要求し、あるいはその立場を利用した求愛行動を取っているわけだな?」
「鋭すぎて
「まあ、七菜香ちゃんだろうが姫香ちゃんだろうが、お前は兄の立場を利用して、可愛い女の子と親しくなればいいじゃないか」
「人聞きが悪いな」
「ただし!」
またかよ。
「母さんは駄目だ。血は繋がってなくても母さんと結ばれることは倫理に反する」
「……」
「まあ、七菜香ちゃんは色々と難しそうな子だけど、お前には懐いてくれたんだ。しっかりやりなさい」
……ったく、この親父は、どこまでも真剣で、どこまでふざけているのか判らない。
判らないけど、それでも子供のことを考えてくれてるのは判った。
親父は七菜香に干渉する気はないだろう。
それはきっと、俺に託されたんだ。
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