第15話 実義妹の力

世界にコンビニは一つじゃない。

その真実に気付いた時、俺の歩幅は大きくなった。

「ちょっとちょっと、コンビニここ」

最寄りのコンビニは徒歩二分だ。

俺が目指すのは、徒歩五分のコンビニだ。

「今日は真実に向かって歩きたい気分なんだ」

「なにワケの判らないこと言ってるの。あのプリンって、このコンビニのでしょ?」

姫香は躊躇ためらわずにコンビニに入っていく。

くそ、腹をくくるしかないのか。


所狭しと並べられた商品。

定番のものもあれば、すぐに消えていくものもある。

思えば俺は、最近までコンビニでスイーツなんて買ったことは無かった。

スイーツコーナーに目を向けることすら無かったのだから、どんな商品があるかも知らなかった。

だから最初はコンビニでじゃなくて、家で七菜香が食べているのを見て、「へー、こんな商品があるのか」なんて思ったりした。

いつしかコンビニに寄ったときに、あ、これ七菜香が食べてたヤツだ、なんてスイーツコーナーに目が行くようになり、そして気が付けば、それを手にしている自分がいた。

でも、買うのはいつも一つ。

七菜香のぶんだ。

俺はあまり甘いものは好きじゃないし、特に食べたいとも思わないし、七菜香が美味しそうに食べるのを見られればそれでいい。

プリンはさっき一つ買った。

なのに、あれ? 何でまた買おうとしてるんだろう?

しかも更に二つ?

あ、そうか、兄ちゃん、七菜香と一緒に食べようって思ったんだった。

二人でデザートを食べるなんて初めてじゃないかな。

兄ちゃん、楽しみだなぁ。

ん? だったらあと一つ買えばいいだけじゃ?

「あれ? 田神くん、何か買い忘れ?」

綺麗で愛嬌あいきょうのある店員さんだ。

それなのに俺は、この店員さんに対して拒絶感のようなものを覚える。

「お兄ちゃーん、このお菓子も──誰?」

店員さんを見て、いきなり「誰?」って言う人、初めて見た。

「ん? お兄ちゃん?」

店員さんはいぶかしげな顔をしつつも、表情にたたえた柔らかさを失わない。

よくできた店員さんだ。

でも俺は、何故かそのにこやかな顔におびえたのだ。

「あれぇ、七菜香ちゃん、随分と雰囲気変わったねぇ」

ほら! 優しいようでいて、自分の許容できる範囲から逸脱いつだつしたものを認めない空気!

「七菜香ちゃんって、もっと可愛らしかったはずなんだけどなぁ」

ほら! ほら!

認めないだけじゃなく、全力で否定してくる!

「七菜香ちゃん? 可愛らしかった?」

姫香がイトウさんとの距離を詰める。

女子としては身長は高く、脚は長くてスレンダーなのに胸はそこそこある。

女優と見紛みまがう綺麗な顔立ち。

対してイトウさんは、親しみやすい昨今のアイドル的な存在感。

どちらも自己主張は強いし、好みは人それぞれだろうけど、何と言うか、絶対に相容れないものを感じる。

「田神くん!」

矛先が俺に向く。

「綺麗な顔してるだろ。妹なんだぜ、それで。なんて認めないからね!」

いや、誰もそんなことは言っていない。

「お兄ちゃん、何この人。馴れ馴れしい態度してるだろ。店員なんだぜ、それで。なんて認めないけど!」

いや、それも言ってない。

「こんな女アピールの激しい女、どう見ても妹じゃないよね?」

ごもっとも。

「お兄ちゃん、この人、怖い」

ちょ、姫香、腕にしがみつくな。

「これが妹で通用するなら、私がお姉ちゃんでもいいよね!?」

え? 何その謎理論。

「残念でした。お兄ちゃんは妹しか興味無いんですぅ」

おいコラ、人を変態みたいに言うな。

「ふん、アンタだって、どうせ田神くんの同級生でしょ?」

「くっ! 年増よりマシよ!」

「と、年増ぁ!?」

「お兄ちゃんは一秒でも年上だとアウトですからぁ」

どんなこだわりやねん。

しかし……これが、素か。

二人の素のままの姿を、こんな形で見ることになるとは。

「田神くん!」

「お兄ちゃん!」

だんだんイライラしてきた。

「他人でもお姉ちゃんって呼ぶのはアリだけど、妹はナシだよね!?」

「お姉ちゃんだろうが年上の時点でアウトだよね!?」

あーもう、うるさい!

「イトウさん!」

「は、はい」

「レジお願いします」

「りょ、了解っす」

「姫香!」

「な、なに?」

「お前は鹿せんべいでも食っとけ」

「ちょ、ひどい!」

「俺は七菜香の看病がしたいんだよ!」

最初から、そうだった。

今日は七菜香のそばにいて、七菜香の看病をすると決めた筈なんだ。

女優みたいだとか、アイドルみたいとか、そんなんじゃなくて、もっと俺のそばにいて、もっと俺に寄り添ってくれる存在。

「お兄」

そう、俺をお兄と呼んでくれる、愛おしい存在──って、七菜香!?

「目が覚めたらお兄がいなかったから、コンビニかなって」

はにかんで言う七菜香の、なんとつつましいことか!

いや、それよりも、

「おい、寝てなくていいのか!? おんぶしてやろうか?」

「……扱いの差」

「……これが、妹の力」

二人が何やらブツブツ言ってるが、そんなことはどうでもいい。

「お兄、お兄もプリン食べるの?」

二つのプリンを持っている俺を見て、七菜香が目をキラキラさせる。

ちょっと気怠けだるそうな目元だけど、一緒に食べることは嬉しいことなのだ。

「そうだ。二人でプリン、食べような」

「あい」

嬉しそうに頷く七菜香を連れてレジに向かう。

「え、私は……?」

取り残された女優もどき。

「今後とも当店をご愛顧くださいますよう……」

やたら腰の低いアイドルもどき。

「お兄」

そして可愛い妹。

「熱が引いたら、日本一でっかい村に行きたい」

「おう、また一緒に行こうな」

二人の世界に入っていると、姫香が涙目になってきた。

「わ、私も……」

ったく。

姫香のぶんのプリンとお菓子も、ちゃんとレジに持ってきてるのになぁ。

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