第14話 押し掛け偽妹

ドラッグストアを出たところで電話が掛かってきた。

時刻は一時間目の授業が終わった頃だから、画面を見なくても相手が誰だか判る。

「はい」

信号待ち、行き交う車を見ながら電話に出る。

七菜香が目を覚ましたとき、一人だったら寂しがるかも知れないと思い、少しばかり気がく。

「お兄ちゃん、寝過ぎぃ」

「やかましいわ!」

電話を切る。

通話時間、八秒。

信号を渡り、車のあまり通らない狭い道を抜ける。

近所のおばさんが立ち話をしていたので、顔を見られないようにうつむいて歩く。

話し声が止む。

気付かれたか。

学校サボってると思われたら嫌だなぁ。

まあ、実際サボってるのと同じだけど。

ポケットの中でスマホが何度か振動したけれど、無視しているうちに家が見えてきた。

ヤバい、家の前にも顔見知りがいる。

俺の通う高校の制服を着た、とても綺麗な女子で、顔見知りではあるが決してご近所さんではない。

ましてや、断じて妹などでは──

「お兄ちゃん、遅ーい」

「俺はお前の兄では無いっ!」

さっきの電話もそうだったけど、今日の姫香は綺麗だけど強引な妹モードじゃなくて、可愛いけど強引な妹スタイルのようだ。

どっちにしても強引なわけだが。

「鍵、失くしちゃって入れないのぉ」

「持ってたら怖いわっ! つーか何でここにいる!」

「何でって、お兄ちゃんが学校に来ないから授業が始まる直前に抜け出して、気が付いたらここに」

「姫香、それはもはや病気だ」

「いいから早く鍵開けてよー」

綺麗や可愛いなんて付ける必要は無かった。

ただ強引なだけの女だ。

世の兄達は妹がウザいと言うが、あるいはこれが実妹のウザさなのだろうか。

ひょっとすると、感覚的にいちばん妹に近いのはコイツなのかも知れぬ。

「七菜香が熱を出してるから、今日は帰れ」

「義妹が熱を出したからって、偽者を追い払う気なの?」

「全く筋が通ってないけど!?」

「私、思うんだけど」

ホントにマイペースだな。

「お兄ちゃんが熱を出したら、看病するのは私でありたいって」

「……」

「だから、来ちゃった」

くそ、やはり可愛いという言葉を付けねばならぬのか。

つまりは、俺が学校に来ないから熱でも出したのかと思って駆け付けた、ということなのだろう。

その表情は、強引に押し掛けてゴメンね、でもお兄ちゃんが心配だったから、と切実にうったえてくる。

コイツは演技派女優だから表情をそのまま信じるわけにはいかないが、駆け付けてきたのは事実で、やはり本当に心配してくれたのかも知れない。

「まあ、上がれ。ただし、うるさくするなよ」

ありがとうお兄ちゃん、私、お兄ちゃんの言うことはちゃんと聞くから。

「取り敢えずリビングで待っててくれ。俺は七菜香の様子を見てくるから」

でも、私も七菜香ちゃんが心配だし……。

「さっきまで寝てたから、まだ寝てるようならそっとしておきたいんだよ」

うん、解った、じゃあ待ってるね。

「ああ。……じゃなくて返事しろよ! なんで言葉は無くても通じ合うみたいになってんだよ!」

「え? だって……」

モジモジ。

何というあざとい演技。

コイツは意識的に頬を赤らめることすらできるのか!

「血は繋がってなくても、お兄ちゃんとは身体が繋がってるから……」

「心じゃ無かった!?」

「……お兄ちゃん」

色っぽい、それでいて清潔感のある、相反するような魅力を溶け合わせたみたいな含み笑い。

「な、なんだ」

「私は演技が上手いけど、普通はここまで伝わらないよ?」

だから、血は繋がらなくとも兄妹だと言いたいのだろうか。

「……そもそも、伝えるための演技なんて普段はしてるのか?」

「え?」

「寧ろ逆、誤魔化すための演技の方が多いだろ」

「……そっか……そうだよね。なぁんだ、通じ合ってると思ったのになぁ」

伝えるための演技、誤魔化すための演技、そして、演技を忘れたときの、少し寂しげな表情。

「ちょっと待ってろ。この間の奈良土産みやげがある」

寂しげだった表情が、ぱぁーっと輝く。

これも演技じゃない。

素のままの表情が、いちばん魅力的なのに難儀なヤツだ。

「ほら、これ」

「お兄ちゃん、ありが──え?」

差し出した土産を見た途端、姫香の表情から輝きが消えた。

「何よ、これ」

可愛いスタイルから綺麗モードに切り替わる。

眉をひそめ、ヘンなものでも見たような顔になるが、それでも綺麗だ。

ただ、これも素の表情とは言え魅力的とは言い難い。

「なんだ、知らんのか? これはだな──」

「鹿せんべいなんていらないわよっ!」

「いや姫香、これはこれでだな」

「うるさい! お兄ちゃんのバカ!」

あれ? また可愛い妹スタイルに戻ったのに演技じゃない?

姫香は本気でねているようで、ちょっと頬をふくらませてにらみ付けてくる。

ネットでも買えるありきたりな土産より、奈良らしくていいと思ったんだけどなぁ。

……仕方ない。

「プリンで機嫌を直せ」

またコンビニに行かねばならんが、姫香の子供っぽい上目遣いには、それくらいの価値はあるだろう。

「それ、七菜香ちゃんのじゃないの?」

「いいよ。もう一度コンビニ行ってくるから」

「私も行く!」

え?

何故か驚愕きょうがくする。

驚きの根源は何なのか考え出すと、鼓動が早まり、息苦しささえ覚える。

これは、驚きでは無い。

これは……恐怖?

イトウさんと姫香?

それって混ぜたら危険ってヤツじゃないのか?

いや、水と油みたいに混ざらないのでは?

……俺は空をあおぐように天井てんじょうを見上げた。

七菜香、兄ちゃん、コンビニから帰ってきたら、お前と一緒にプリン食べるんだ。

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