第10話 和解?

意外なことににらみ合いは長くは続かず、姫香は七菜香に向かってニコッと笑って見せた。

うん、お姉さんなんだから、大人の対応しなきゃな。

まあ大人すぎる見事な作り笑いだが。

「いつも、お兄がお世話になってます」

ペコリ。

へ? 七菜香?

……素晴らしい!

幼く見えて、七菜香の方が大人だった!

「あら、あらあらあら、よく出来たお子さんねぇ」

ニッコリ。

姫香はあくまで自分の方が大人であるという対応をするつもりか。

「昇也ぁ、私ね、今日ゴム持ってきたんだけどぉ」

大人なセリフだけど大人の対応じゃなかった!

寧ろ大人げない!

だが残念だったな! 七菜香にはゴム=ゴムであって、決してゴム=コンドームでは無いのだ!

「お兄」

七菜香が俺の服のそでを引っ張る。

「どうした?」

「輪ゴムなら台所に沢山ある」

「だよなぁ。ゴムなんて持って来られても困るよなぁ」

へらっ。

七菜香は嬉しそうに頬を弛める。

見たか姫香、これぞ純真無垢な乙女と言うものだ!

「ゆ、勇気を出して、初めて買ったの」

ぐはっ!

くそ、姫香をあなどっていた。

演技だと判ってはいるが、目の前にいるのは見事なまでに恥じらう乙女だった。

ほほを赤らめ、うつむき加減に唇を噛み、何か懇願こんがんするような上目遣いで俺を見るその姿は、いままさに花開かんとするほころびかけたつぼみのようだ。

「お兄」

七菜香が再び俺の服の袖を引っ張る。

いや、言いたいことは判る。

七菜香にとってはゴム=ゴムなのだから、たかがゴムを買うのに勇気を出されても理解できないのだ。

恥じらう乙女は、七菜香にしてみればただのオカシナ人なのである。

「お兄の友達は、変わった人?」

「誰が友達よ!」

え、そこ?

「……誰が変人よ!」

せーよ! っていうか、そこまでは言ってない。

「さっきから袖を掴んだり、全幅ぜんぷくの信頼を寄せるような笑顔を向けたり、アンタは昇也の妹かっつーの!」

妹だが?

「私、思ったんだけど、そもそも昇也はシスコンじゃなくて──」

あ、やめろ、お前の言わんとすることは判る。

判るし俺は否定せざるを得ないのだが、実は自分の中で危惧していることでもあるのだ。

俺はもしかして、ただの妹好きなのではなく、禁断の──

「ロリコンじゃないの?」

ぐあっ! 言われてしまった!

改めて七菜香を見る。

背はちっこくて、華奢きゃしゃで小柄だ。

顔立ちも幼い。

服の上から見る限り、胸だってぺったんこだ。

エロい目線で見ているつもりはないが、俺が七菜香を可愛いと思うのは、兄の視点なのか男の視点なのか、自分でも判別がつかないことがある。

まだ兄になって半年、不慣れで確固たるものが築けず、様々な感情に翻弄ほんろうされ揺れ動くお兄を許してくれ……。

「ちょ、ガックリしてないで否定しなさいよ」

「俺は、シスロリかも知れん……」

「うわぁ、引くわ」

「お兄?」

七菜香は純真な瞳で俺を見る。

もしかしたらシスロリの意味が判ってないのだろうか。

まあ俺も今、頭に思いついただけの言葉ではあるが。

「ちょっと七菜香ちゃん、あなたのお兄ちゃんはヤバイ人かも知れないよー」

「お兄の趣味嗜好が何であろうと、七菜香は別に構わない」

「いやいや、七菜香ちゃんなんて、いちばん危険な年頃なんじゃないかなぁ」

へらっ。

こら、七菜香、なんでそこで笑う。

「くく、七菜香は危険な女」

いや、それ、たぶん違う。

きっと、触ると火傷やけどするわよ、的なものを想像しているんだろうけど。

「あーあ、七菜香ちゃん、騙されちゃってるよ?」

「七菜香は騙されてない」

「ほらほらー、騙されてる人はみんなそう言うんだからー」

「……」

一時は龍と虎にも見えたが、やはり猫とネズミ、いや、猫とハムスターの戦いに見えてきた。

「七菜香ちゃんは可愛いんだから、学校行けばお兄ちゃんなんてどうでもよくなるくらいモテちゃうよ?」

おいコラ、学校には行ってもらいたいが、七菜香は別に──

「お兄は!」

え?

七菜香の大声は、初めて聞いた。

「一度も七菜香をバカにしなかった」

七菜香……。

「だ、だから何よ?」

「七菜香は電車が好き」

「はあ?」

「ビルが好き」

「ビル?」

「気象に興味があって、サボテンが好き」

そう言えば七菜香の部屋には、沢山の可愛らしいサボテンの鉢植えがあった。

「地図マニアで神社とお寺も好き」

それは知らんかった……。

「そ、それで何? 変わってるとは思うけど、私だってバカにする気は無いわよ」

「……ホントに?」

「当たり前でしょう? 個性があっていいじゃない」

へらっ。

「ずきゅーん!」

声に出して言うな。

七菜香スマイルに射抜かれたらしい姫香が、胸を押さえている。

「飛び道具とは……卑怯なり」

アホか。

「この子、魔法少女よ!」

まあ七菜香の笑顔はマジカルスマイルではあるが、ヘンな奴だと思っていた姫香が単なるアホな子だったとは。

七菜香がすっくと立ち上がる。

まさか、アホな子にとどめを刺すつもりか!?

「飲み物をお持ちします」

「……」

七菜香は台所へ行った。

もしかして、このアホを受け入れてくれたのだろうか。


「兄さん」

「なんだ。というか俺は兄ではない」

「私の妹、可愛いわ」

「だろ? というかお前の妹ではない」

「私達兄妹、意外と上手くいくんじゃないかしら」

「だといいが、お前は兄妹ではない」

何故か姫香はサッパリした表情で笑う。

「安心したわ」

「何がだ」

「学校の女子達はあなたのこと誤解してるみたいだけど、あの子はちゃんとあなたをしたってるのね」

どの口が言うのだろうか?

「お兄ちゃんを慕って、信頼してくれてる妹に手を出すわけにはいかないだろうから、私が妹プレイの相手になってあげる」

「誰も頼んどらんわっ!」

「ふふっ」

また爽やかに笑う。

例えるなら、夏の高原で白いワンピースを着た美少女の微笑み。

コイツは、サッパリしてるようなしつこいような、打たれ強いような弱いような、よく判らん女だ。

だがまあ、嫌いになれそうには無いなぁ。

「粗茶ですが」

七菜香が戻ってきた。

二人の目の前に置かれたのは、缶のコンポタ。

しかも冷えている。

「……」

うーん、やっぱり悪意なのかなぁ。

俺と姫香は、微妙な表情をしながらそれを飲み、時おりうかがうように七菜香の顔を見たのだが、七菜香は無邪気に「へらっ」と笑うばかりだった。


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