第9話 初顔合わせ

中学の時はそれなりに友達がいたのに、高校に入ってからは、あまりクラスに溶け込めていないような気がする。

女子から避けられてるっぽいのは姫香のせいだとしても、男子とも軽く会話を交わすくらいの関係しか築けない。

俺のせいなのか、それともこの学校が進学校だからなのか。

こんなことなら、地元の高校に入っておけば良かったかなぁ。

「兄さん」

心地いい声、成績優秀、運動神経もいい。

リーダーシップもあって、男女から慕われている。

ヘンな奴ではあるが、世間一般的には憧れの存在、なのだろう。

「今度の土曜日、私の家に来ない?」

その憧れの存在が放った一言は、クラスメートの耳目じもくを集めてしまう。

「行かない」

ヘンな誤解をされても嫌なので、俺は大きめの声でキッパリ断る。

「その……両親も出掛けてるし……ね?」

なにが「ね?」だ!

俺が誤解を断とうとしても、コイツはより大きな誤解を生み出そうとしてくる。

だが甘く見るな。

「土曜は七菜香と出掛けるんだよ」

俺達兄妹に、お前の付け入る隙は無い!

というつもりで言ったのだが、女子だけでなく、男子の視線も冷たいのは何故なのか?

「七菜香ちゃんも、一緒でいいよ?」

あれ? なんでそんな切なげな声とうるんだ瞳に寂しい笑顔なの?

「私、邪魔かな?」

こ、コイツ、女優か!?

これではまるで、俺が一方的に悪いみたいではないか。

あ、そういうこと?

もしかして俺、男子からも二股ヤリチン野郎とか思われてる?

あるいは学年一の美少女を泣かすクソ野郎?

「無理言ってごめんね。また今度にするね」

ちょっと目元をぬぐう仕草は、テレビドラマを見ているようだ。

俺は自分の立場を忘れて、立ち去る姫香に見入ってしまった。

恋する健気な少女みたいだなぁ……じゃねぇ!

アイツのせいで、このままでは俺の立場は悪くなる一方じゃねーか!

もはや好意と言うより悪意だろ?

何とかアイツを言い聞かせて……いや、アイツのせいばかりでもないか。

俺の人となりがちゃんとしていて、周りと積極的に関わっていれば、誤解も解けただろうし、疑われることも少なかったはずだ。

考えてみれば、今まで「まあいいか」で済ませてきたことが多すぎる。

ただ、どっちかと言えば俺は不器用なんだよなぁ。

目下のところは七菜香のことで精一杯。

それだけは「まあいいか」で済ませられない。

でも、姫香のことも「まあいいか」で済ませてはいけないのだろうか。


駅で電車を待つ。

ホームに同じ学校の制服姿がちらほら。

見知った顔があったので、声を掛けてみようと思ったら目の前に美少女が立った。

「兄さん、一緒に帰ろ」

家は逆方向なのに、何でこっちのホームにお前がいるんだ。

「……お前の父親は」

「え?」

「どんな人間だ」

何故かそんなことをいてしまう。

「……仕事人間、かな」

そして何故か、姫香は飾り気の無い表情を見せる。

「お前の母親は……義理のだけど」

「うん」

「家事をしない、ズボラで趣味が無く、そのくせ外見ばかり綺麗に着飾って自分のことが大好きな女だ」

「……うん、そうだね」

寂しげな苦笑は、演技ではないと判った。

お前の本当の母親はどんな人だったんだ、と訊きかけて、それはやめた。

コイツはグイグイ距離を詰めてくるが、俺はコイツとの距離を測り兼ねている。

「七菜香と会ったことがあるのか?」

コイツは七菜香のことを知っているような口振りだった。

「会ったって言うか……兄さんの家を見に行って、見かけたって言うか……」

「ストーカーかよ!?」

「え? 今さら?」

開き直ってんのか、コイツ。

……まあ、コイツも寂しいのだろう。

「七菜香を傷付けないとちかえるなら、家に遊びに来い」

「誓う誓う! 一度、ちゃんと会って話してみたかったし!」

信用していいのだろうか?

でも、七菜香も色んな人と接した方がいいだろうし、もしかしたらコイツが姉のような存在になってくれるかも。

義妹と偽妹、仲良くなってくれたら嬉しいことではあるのだし……。


「ただいま──おい!」

玄関に俺を迎えにきた七菜香は、姫香の姿を目にするや否や、パタパタと走って逃げ出した。

「七菜香、ストップ!」

階段を上りかけていた七菜香がピタッと止まる。

「リビングで座って待ってろ」

うつむいて方向転換し、トボトボとリビングに向かう。

「……随分と上手く調教したものね」

人聞きの悪いこと言うな。

俺自身、ちょっと驚いているのだ。


言われた通り、七菜香はリビングのソファにちょこんと座っていた。

俯いたままだ。

人見知りというのもあるが、拒絶したい、という雰囲気が漂っていた。

「七菜香ちゃん、初めましてー。昇也の妹分の姫香でーす!」

コイツは空気を読まないのか。

いや、これくらい強引な方がいいのか。

まあ、妹分と自己紹介したのは、コイツなりの遠慮なのかも知れない。

「お兄」

七菜香は姫香と目が合わないように、かたくなに俺の方だけを見た。

「お兄!? くっ、それが真のパワーワードだったか!」

コイツは何を言っとるんだ。

呼び方の問題では無い。

実の義妹のパワーなのだ。

……実の義妹って、ヘンな日本語だな。

「七菜香、心配するな。べつに噛み付きやしない」

俺は七菜香を安心させるように隣に座り、姫香には向かいの席を薦めた。

「何なの、このアウェー感」

「柴犬とチワワが遊んでいるところに、トラが現れた、みたいな」

「誰がトラよ!」

七菜香がびくっと身を縮める。

「ちょ、ゴメン七菜香ちゃん! その、私は、昇也の元お母さんと再婚した父の娘で」

ふ、コイツも七菜香に対しては、庇護欲を覚えずにはいられないのだろう。

七菜香はおびえながらも、ゆっくりと視線を上げて、姫香の方に目を向けた。

「それって……赤の……他人?」

「な!?」

七菜香のまさかの辛辣しんらつな一言。

だが七菜香、お前の言う通りだ。

姫香は赤の他人なのである!

「く、クラスメートよ!」

家族という立場では敵わないと思ったのか、姫香は違う方向から攻めることにしたようだ。

「実のクラスメートなんだから!」

……いや、クラスメートに実も義理も偽も無いだろう。

だが、それはそれで、七菜香には太刀打ちできない立場ではあるのだ。

七菜香の目に、力強い光が宿った。

チワワが……龍になった?

龍虎相搏りゅうこあいうつ! なんて呑気のんきに眺めている余裕は無くて、ヘンな義妹とヘンな偽妹がにらみ合うのを、俺はオロオロしながら見比べていた。

やっぱり、連れてくるべきでは無かったのだろうか?

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