第2話 微笑み成分
駅ビルの最上階にあるレストランに入る。
値段が高そうだが、七菜香と初顔合わせのときに父親に連れてこられた場所で、意外と手頃な値段であったことを憶えている。
もちろんファミレスのようなわけにはいかないが、お年玉を
「ま、まさかお
「いや、お前と同じ家の子供だが」
そう、二人とも子供だ。
俺が高校一年で、七菜香が中学二年。
お金のことよりも、こんな子供がビルの最上階にあるレストランに入る、という行為に勇気が要った。
が、特に
何か気恥ずかしいものの、更に勇気を出して「窓際の席を」と伝える。
また微笑まれた。
「喫煙席を」
「ねーよ! 何歳だよ!」
七菜香がバカなことを言うのでツッコむと、ウェイトレスさんは
「
「今度は兄様か!」
「そんな風に驚くと、偽の妹と書いて偽妹ということがバレてしまいます」
「義理の妹と書いて義妹だ!」
「あらら」
少しテンションが高くなっているのか、いつもより
ただ、笑われて嫌な感じはしなかった。
七菜香が初顔合わせの時、ハンバーグステーキに喜んでいたこともそうだが、ここから見る景色に夢中になっていたことも憶えている。
電車に限らず、景色を見ることが好きなのだろう。
そう思って窓際の席を頼んだのだが、
せっかく奮発したのに、これじゃあ七菜香が楽しめないではないか。
七菜香も窓の外を見ながら、どこか意気消沈して──目がキラキラしてる!?
「お兄!」
「な、なんだ?」
「鉄骨ヤバい!」
「は?」
何がヤバいのだろう?
「高い!」
確かに、このビルの最上階より高くまで鉄骨は伸びている。
あ、そう言えば、コイツの蔵書にビルの本もあったな。
建築にも興味があるのだろうか。
「お兄」
「なんだ」
「今度ビル巡りしたい」
「……いいけど」
ヘンなヤツだ。
でも、面白いヤツだ。
共感や共有が出来るか判らないけど、「にぱっ」と笑ったコイツを見てるだけで、俺は楽しめてしまうだろう。
「因みに、ビルの何がいいんだ?」
「高い、凄い、カッコいい!」
我が妹は高いビルが好きらしい。
確かにまあ、超高層ビルなんかを見ると、「すげーなー」と思ったりはするけれど。
「お兄もビルオタデビューかぁ」
どうやらビルオタなる趣味のジャンルがあって、俺はそれにデビューすることになるようだ。
鉄オタ、ビルオタ、他にもまだ何かあるのだろうか?
何にせよ、一般的な女子中学生がハマるような趣味は持ち合わせていないのだろう。
それで学校に友達も出来なかったのかな。
「お兄」
「なんだ?」
「お兄は友達いないの?」
「なんでやねん!」
「だって、せっかくの冬休みなのに、誰とも出掛けてない」
……いないわけではないが、俺はもともと
出不精なのに妹と出掛けているのはオカシイが、そこはまあ兄としての優しさだと思ってほしい。
「私のハンバーグ食べる?」
慰めるように言うのは何故だ。
「お前と同じものを食べてるんだが?」
「お揃いだね」
また「にぱっ」と笑う。
なんだかなぁ……。
兄初心者としては、こんな妹の笑顔にどう対処したらいいのか、誰か教えてほしい。
再び改札を通り、駅のホームに立つ。
行きたい方向、乗りたい電車は七菜香に任せてあるが、家の方へと向かう電車に乗る。
「もういいのか?」
乗車位置は、やはりいちばん前。
「うん。満足した」
ニンマリする。
「そうか」
俺に気を
「引き籠りにはハードな道のりだった……」
「そっちかよ! 座席は空いてるから座れよ!」
またニンマリ。
「足を棒にしてでもこの特等席は死守する」
「そこまでか!?」
何がそんなに楽しいのか、かぶりついて前方を見る七菜香の瞳はキラキラしている。
俺にとっては、お前の隣が特等席みたいだ、なんて、ちょっと思ったり……。
「信号待ちのため、しばらくお待ち下さい」
家の最寄り駅まであと少しというところで電車が停まる。
まあ別に急ぐこともないが、もう駅は見えているし、近くに立っていた若いサラリーマンも
「む、ここにきて
対してコイツは、いったい何を言ってるんだ……。
ただでさえ食後でポカポカと暖かい昼下がりの車内、立っていても眠たくなってくるのに、コイツは独創的な感性で今を楽しんでいる。
「ぬあっ! 後発の普通に追い抜かれるという屈辱!」
舌打ちした筈のサラリーマンが微笑む。
恥ずかしい……。
けどやっぱり、
「お兄」
「ん?」
七菜香が懇願するような目で俺を見上げてくる。
こうやって甘えてくれるのも俺が兄として頼られているからで、それは喜ばしいことなのだ。
「駅から歩くのダルい。タクシー使お」
「人生なめんなよ!?」
兄として、時には厳しくしなければ!
コイツの我儘を受け入れていたら、長所を伸ばすどころか短所を助長させてしまいそうだ。
電車が動き出した。
七菜香はまた前方に目を向ける。
俺の拒絶に不満そうな顔をするわけでもなく、駅までの僅かな距離にまた目をキラキラさせる。
その顔を見ながら、俺は思わず苦笑してしまう。
電車を降りてからもこんな風に、ただ家までの道のりを一緒に歩くだけで楽しんでくれたらなぁ、なんて思うのは、やっぱり甘いのだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます