第48話 変化

その日から、咲は少し変わった。

いや、大きく変わろうとしていた。

何故か夏休みなのに勉強をし始め、それほど親しくは無かった部長や藤森さんと頻繁ひんぱんに連絡を取るようになった。

聞き耳を立てているわけではないが、電話の内容は学校で話していることと変わらない。

二人は何度か咲の家にも来たし、その時も、普段と変わった様子は無く、時に僕のことで言い争いになることはあったが、まあ普通に楽しそうに会話をしていた。


夏休みが終わる間際に、咲は母親に僕のことを話した。

例の方法を使って、あっさりと信じてもらうことは出来たが、同棲は禁止させられた。

まだ一線は越えていないし、僕としてもそうあるべきだと思う。

ある意味、僕を人間扱いしてくれたのだと考えれば、おばさんの判断は嬉しいものだった。

知覚出来ないものに対して、どのようなルールを課したところで意味は無いのだから、僕にルールを課すということは、僕という人間を信じてくれているとも言えるのだ。

そして意外なことに、咲もそれを簡単に受け入れた。

以前の咲なら泣いて抗議したと思うけれど、咲は一切の反論をせず、「判った。でも私の将来は私が決める」とだけ言った。

咲は、以前よりも更に強くなったのだ。


また以前のように自宅で過ごしたり、夜の河原や神社、農道歩きにコンビニ巡りをしたりするようになった。

それは別に構わないのだけど、気掛かりなことが一つ。

ミサが、以前のように話してこないのだ。

こちらから話し掛ければ普通に返事は返ってくるが、どこかうわの空みたいな、あるいは、頼りないような気配で反応する。

ただ、あまり心配していると、『アンタは咲ちゃんのことだけ考えてなさい!』と叱られるのだが。


咲は放課後、タマちゃん先生のところへ話をしに行くことが増えた。

僕は僕で、雄介達と過ごすことが多くなった。

通訳がいないと会話が成り立たないと思いがちだが、一方通行であっても相手が聞いていてくれると思えば、案外と支離滅裂にはならなかった。

もっとも、「勉ならこう答えるな」と勝手に予想されるのには閉口したが。

しかも八割くらいは当たっていたから、僕としては見透かされているようで面白くないのだ。

いや、楽しくて嬉しいのだけど。


時々、僕も生物室の集まりに参加した。

いつの間にか部長や藤森さんも加わって、「集まり」と言えるくらいの賑わいになっていた。

先生には放課後にやらなければならない仕事は沢山あるだろうに、先生は以前より柔らかな表情をしていた。

きっと今夜もまた、旦那さんに褒めてもらえるのだろう。

それは羨ましくもあり、僕と咲が目指す地点でもある。

そう言えばあの日、先生達は咲に口止めをしなかった。

先生達の暮らし、その生き方は学校には秘密だろうし、世間から見れば教師として有るまじき行為というそしりを受けそうだ。

つまり、僕達を信じたのた。

藤森さんは僕を、「つ、勉」と呼ぶようになっていた。

毎回スムーズに呼べずにつまずくのは何故なのか。

部長は「つとむくぅん」と、一時期、男子の間で話題になったロリボイスで呼ぶ。

その度に咲に頭を叩かれるのだが、一向に改める気配は無い。

女性が四人集まって、僕の話題に興じているのはくすぐったいような気分でありながら、それなりに悪口も出てくるので憤慨ふんがいしたりもする。

だけど、やっぱり楽しい日々だった。


十一月下旬に初雪が降って、その日に咲は僕のことを父親に話した。

おじさんは僕の存在を喜びながら、「咲には、ちゃんとした人と結婚してほしい」と言った。

この時ばかりは、咲も泣いて抗議した。

「ちゃんとした人って何!? 勉がちゃんとした人じゃないって言うの!?」

僕には、寧ろおじさんの気持ちの方がよく判った。

僕は「ちゃんとした人」とは言えない。

でもだからこそ、僕は咲の手を握り締める。

咲は、先生達のように、いびつではあっても祝福されたいのだろう。

咲の気持ちもよく判る。

でも、僕に出来ることは手を握ることだけだ。


年が明けて、また春が来た。

ミサと出会ってから、一年が経とうとしていた。

『ねえ』

か細い声が聞こえた。

咲や雄介達との会話の途中で、クスクスという笑い声が聞こえてくることはあっても、ミサが話し掛けてくることは更に減っていた。

出会った頃と同じように、河原は騒がしいほどに虫が鳴いていた。

『楽しかったわ』

「は? 何を言っている」

僕は自分の口調が責めるようなものになっていないか、何度も検証する。

『あなたの中に入った時から、判っていたでしょう?』

「は? 何を言っている」

僕は同じセリフを繰り返した。

けれどミサの言う通り、何となく感覚的に判っていた。

成仏じょうぶつしかけたミサを、僕が我儘わがままで引き止めたのだと。

『卒業までは一緒にいようと思ったけれど、あなたの我儘に付き合えるのはここまでみたい』

か細い声が、消え入りそうになっていた。

「ちょ、ちょっと待て! 先生達みたいに、三人で暮らすのもアリだ!」

僕は慌ててそう言ったが、ミサはいつものようにクスクス笑う。

「な、何がおかしい!」

『つとむくん、あの先生達と違って、あなたの咲ちゃんに対する想いは、他の誰とも等分じゃなくて圧倒的よ?』

隠し事など出来ない。

内心や深層心理ですら読み取られる。

だから僕が、誰より、何より咲が大切なことは隠せない。

でも、だからこそ僕は、ミサと全てが共有できると考えていたのに。

『そうね、以前も言ったけれど、あなたの考えや気持ちは共有していて心地よかったわ』

「だったら!」

『つとむくん、我儘は言わないの』

どうしてそんな大人みたいなことを言うんだ!

『私はつとむくんより、ずっと大人よ?』

黙れチンチクリン! クソガキ! 我儘なのはお前だ!

『最後に言っておくけど』

最後とか言わないでくれ。

『あなたはきっと、成仏しないわ』

え?

それって、いいことなのか悪いことなのか?

『あなたの幸せは、咲ちゃんが幸せになること。咲ちゃんの幸せは、あなたとげること』

……?

『つまりまあ、咲ちゃんが成仏するときが、あなたが成仏するときね』

ミサはおかしそうに言う。

「おい待て!」

『つとむくん』

「何だ、何でも言ってくれ! ミサが消えずに済むのなら僕は何だってする!」

『言ったわよ? 私は生まれ変わってあなたに抱かれに来るわ』

「そんなことくらい、今すぐにでも──」

『泣いちゃダメよ? 泣き虫のつとむくん』

「ふざけんな!」

『ありがと』

……ふっ、と、僕の中にぽっかりと穴が開いた。

僕はその場にうずくまった。

初めて出会ったときみたいに、虫が賑やかに鳴いていた。



※駆け足になりましたが、あと数話で完結にしようと思います。

打ち切り漫画みたいなもので違和感があるかも知れませんが、このまま続けていても多くの人からの共感は得られず、私のモチベーションも維持できないと考えました。

この話を好きになってくれた方には申し訳ありませんが、綺麗な形で終わるよう努力したいと思います。

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