第42話 赤裸々に
咲は僕の家で晩御飯を食べ、食後も三人で話が
直接会話に混じることは出来ないけれど、幸いミサも楽しんでいるようで、時おり僕の心の中を
食卓にはコーヒーカップが五つ。
僕の現状や普段の様子を咲は語ったので、母さんがミサのぶんも用意してくれたのだ。
飲めないことは判っていても、気持ちの問題なのだろう。
こちらとしても、それだけで
だが、昔話が始まると、三人は僕の存在を忘れたように盛り上がった。
僕という本人がいるのに、本人を無視して思い出話に花を咲かせられるのは何とも
何せ思い出話と言うよりは、過去の失敗談と言うべき内容だからだ。
勿論、時には僕も口を挟むのだが、それを伝えるかどうかの取捨選択の権限は咲にある。
大体に
まあ、色々と思うところはあるが、ミサはクスクスどころか爆笑しているし、僕自身も楽しんではいる。
「あら、もうこんな時間」
時刻は十二時になろうとしていた。
咲は家に連絡を入れていた
「
自分では決めかねるのか、咲は僕の顔を見た。
べつにどちらでもいいと思うが。
「これは大事なことよ?」
は? 何を言ってるんだ母さん。
「咲ちゃんの部屋で初夜を迎えるか、勉の部屋で初夜を迎えるか」
「ぶっ!」
噴き出したのは僕で、咲は辛うじて
「お母さん、初夜とか今時そんな考え古いって。咲ちゃんも二人で寝るとかまだ早いし」
希、お前の言ってることは矛盾している。
「それにしても希、以前より言葉遣いが悪くなってないか」
口うるさい僕がいなくなったせいで、我が妹は
そういったことは、咲はちゃんと伝える。
「あーもう、お兄ちゃんウザい」
「ほら、そのウザいとかやめろ。だいたいお前は僕の部屋で漫画を読んでも出しっぱなしじゃないか」
それも咲が伝える。
「はいはい。もうそういうのはメンドクサイからいいって」
「メンドクサイとはなんだ。食事中の座り方だってだらしなかったし、その分だと学校でもだらしない姿を
咲を見習えという言葉を
「ほんっとうるさいバカ兄貴。もう判ったし先にベッドに入って寝てるから!」
希が二階に上がる。
いや、最後のセリフはどういう意味だ?
『そりゃ、ベッドで待ってるって意味じゃない?』
いやいや、待たれても困るぞ?
しかもアイツ、無意識、無自覚で言ってなかったか?
『そりゃ、ドアは常に開けておくけど
こらこら、人の妹をそんな風に言わないでくれ。
『
くそ、思考や感情まで筒抜けなのは、何かと都合が悪いな。
『大丈夫よ、つとむくん。ここは居心地がいいわ』
ここ、というのは僕の中のことを言っているのだろうか。
『人の心の中なんて、もっとドロドロしてるものだと思ってたわ。特に男子なんて常にエロいことばっかり考えてるんじゃないかって』
いや、男だって何かきっかけや刺激が無いと、そうそうエロいことは考えないと思うが?
『刺激?』
「ああ」
『お兄ちゃん、早く来てぇ、とか?』
「声帯模写かよ! 刺激が強すぎるぞ!?」
『なるほどなるほど。こんな風に瞬時にエロシーンが連想されるわけなのね』
肉親の誘惑を思い描いてしまう自分が嫌すぎる……。
『お兄ちゃん痛い! もっとゆっくり』
うわぁ! 妹の裸なんて見たいわけじゃないのに、どうして男は想像してしまうんだ!
『あれ? あんまり痛くない。もしかして小さ──』
「やかましいわ!」
咲が
「いや、ミサが色々とうるさくて」
咲が微笑む。
嫌味なところなど全くない、仲がいいことを好ましく思ってくれたような笑みだ。
『なるほどなるほど。エロは瞬時に消えて、純粋な気持ちで満たされるのね』
僕の中に
『あら、巣食うなんて失礼ね』
う、それは確かに悪かった。
『バカね、つとむくんの感情は自分のことのように判るんだから、嫌すぎるなんて思いながらも嫌じゃないことだって判るのよ? 私を愛らしいって本当に思ってることも』
『つとむくん』
「なんだよ……」
僕は少し
子供っぽいと思いつつ、自分をすべて見られても寛容でいられるほど、僕は潔癖な人間ではない。
人に見せられないような恥ずかしい部分が、きっといっぱいある。
『やっぱりあなたの中は、とても居心地がいいわ』
きっとそれは、ミサが寛容であるからだろう。
たぶん、
『ふふ』
またミサが心を擽った。
『やっぱりあなたは、おバカさんね』
また言われてしまった。
でもそれは、何故か心地いい響きだった。
結局、咲は泊らずに帰ることにしたようだ。
だから僕も咲と一緒に家を出ようとしたが、何故か制止された。
あれ? 同棲は?
僕は少なからず、ワクワクドキドキしていたらしい。
「今夜は、家族と一緒に過ごすべきだわ」
べつに家は隣なんだから、これからいつでも我が家には帰るつもりだが?
「おばさん」
咲は、玄関に見送りに来た母さんを真っ直ぐ見つめた。
希も寝ていなかったようで、律儀に見送りに出てくる。
「おばさんはさっき、勉は私に会うために幽霊になったって言ってくれたけど、勉は毎朝、おばさんが庭に水やりをする時の顔を見てから学校に来ています」
いや、そういう恥ずかしいことは言わないでく……れ?
……母さんが泣いた。
「ほら、勉、私の腕を使って」
僕は自分の腕を咲の腕に重ねて、母さんを抱き締めた。
微かに震えが伝わってきて、僕は腕に、想いと力を込めた。
今夜は、家族と過ごそう。
たとえ一方通行でもいい、語り明かそう。
いや、一方通行だからこそ、僕は赤裸々に母と妹への感謝を口にするのだ。
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