第40話 前途多難?

「合体……したの?」

ミサのことを話すと、咲はまるでミサを見ようとするかのように僕の目を覗き込んだ。

「合体では無い。融合というか……」

咲、合体なんて言葉は、ロボットに憧れる少年以外は使ってはいけない。

『あー、体を合わせるって書くもんねー、って、んなワケ無いでしょうが!』

間髪入れずにミサが言う。

考えていることがバレバレだから、阿吽あうんの呼吸のようだ。

「つまり、一心同体じゃなくて、二心同体ってこと?」

理解が早くて助かる。

ただ、僕の心はミサにダダれなのに、僕にはミサの声しか聞き取れないというのは不公平だが。

「どっちかって言うと、寄生かも知れん」

うん、その方がしっくりくるな。

視覚情報なんかを僕に頼っているようでありながら、身体の主導権は僕にある。

僕はミサに寄生された宿主だ。

『きぃーっ! 私を寄生虫扱いしないでよっ!』

ミサが奇声を上げた。

「寄生って、寄り添って生きるって書くわよね?」

咲、それは僕の「合体」なみに歪んだとらえ方だ。

「寄り添って……合体したんだ……」

言葉を合わせると色々と誤解を招きそうだ。

いや、実際に誤解しているのか、咲は項垂うなだれている。

「咲、心配するな。ほら、よく言うだろ? あの人は心の中で生きている、みたいに。そんな感じだ」

『ちょっと、人を死んだ人間みたいに! って死んでるけど、思い出の中では生きているみたいに言わないでよっ!』

「でも、抱き締めたらまばゆい光に包まれて合体したんでしょう?」

いや、そんな中二病みたいな現象は起きていない。

「咲、僕は今までと何も変わらない。心の中で、時々ミサがツッコミを入れてくるだけのことだ」

「ミサちゃんが、ツッコミ……勉が受けなの?」

どうして「ボケ」じゃなく「受け」なのか?

『つとむくん、受けが似合いそうよ?』

うるさいよ。

BL好きの女子達が、雄介と僕のからみを想像して盛り上がっていたことは知っている。

「とにかく、咲にとっては今までと同じだ。僕が脳内に妄想した女性を住まわせてるだけのこと──」

「だからそれに嫉妬してるんでしょうがバカ勉!」

「え?」

「常に頭の中で他の女の子と会話したりするのをかない彼女なんていないわよっ!」

あれ? 今までだってミサは見えていなかったわけだし、極端な話、僕が黙っていれば、常に手を繋いだり、それこそエロいことをしてもバレなかったはずなんだが。

今は、それこそ声だけの存在だ。

その姿を見ることも、触れることも出来ないのだ。

だから寧ろ、今までより嫉妬するような懸念材料は減ったと言える。

見えない、触れられないことが、寂しくあるのは事実だけど。

『つとむくん』

なんだ?

『女心を理解しなさい。咲ちゃんは今までずっと、あなたのことを信じてた。勿論これからも信じているけれど、絶対に離れることの無い私達の関係性はねたましいものよ?』

それは、判らないでもない。

咲が心の中に、ずっと消せない男を住まわせていたなら、僕は耐えられるだろうか?

「でも咲、ミサは姿かたちの無い異世界で言うところの賢者みたいなものだ」

「異世界? 賢者?」

『ちょっと、何よ? その中二病設定!』

「賢者よりかはフレンドリーかも知れないけど、僕達を見守りながら、時にアドバイスをくれたり相談に乗ってくれると思う」

「悩みなんて恋人同士で相談し合って解決するものでしょ? お互いがお互いを見守るものでしょ?」

ごもっとも。

なるべくなら、他者の介在は避けたいところである。

「そ、それに、え、エッチなことも全部見られちゃうのよ!」

え? あ、そうなるのか。

『つとむくんの快感が私に伝わってきて、私はあなたの脳内にエロい声を響かせ、咲ちゃんの漏らすエロい声はあなたの耳をくすぐる。甘くエロい二重奏をつとむくんは楽しむことになるわね』

副音声と主音声で、それぞれ異なったエロボイスが聞けます、ってか?

『彼女が見られて興奮するタイプだったら、もう言うこと無しね』

時にはそういうプレイがあってもいいが、毎回っていうのはなぁ……。

『大丈夫よ、私は目を閉じててあげる。あなたから伝わってくる快感にも、必死で声を押し殺してみせるわ』

いや、それはそれでエロいのだが。

「私、決めた」

咲が何かを覚悟したように言い放つ。

「勉、今日から私の部屋で暮らしなさい」

「え?」

『え?』

咲の決断は斜め上をいく。

「私だってミサちゃんには消えてほしくないし、おはらいなんてしたくない」

『この女、お祓いが念頭にあったのね!』

「だからといって、四六時中一緒にいる二人を黙って見てるなんて嫌」

『バカね、それこそ私は、手も足も出ないのに……』

「勉とは幼馴染で、誰よりも自分のことを知ってもらってるつもりだけど、その、い、一緒に暮らし出すと、その……幻滅させちゃうような姿を見せちゃうかもだけど……」

何を言ってるんだ。

僕が咲に幻滅することなどあるわけが無い。

『一緒に住むと、意外とガサツだったり、だらしないところが見えたり、おならしたり失禁したり脱糞したり大変よ?』

おならはともかく失禁や脱糞などそうそうしてたまるかっ!

「こうそ──いえ、束縛されるのは、イヤ?」

『この女、いま拘束って言いかけたわよ!? まさか幽霊を封印するつもり!?』

お前は黙ってろ。

『はーい』

「咲」

「うん」

「全然イヤじゃない」

「ホントに?」

「ああ」

「そうと決まったら、勉のお母さんに挨拶して来なきゃ!」

え!? おい!

相変わらずの猪突猛進ちょとつもうしんだ。

まあ、うちの親はいいとして、僕も咲のご両親に挨拶しなきゃならないのだろうか。

そもそも、僕は咲との同居に、色々な意味で耐えられるだろうか。

『前途多難ねー』

お前が言うな。

でも、その言葉の意味の割に楽しげなミサの口調は、僕の想いを代弁しているようでもあった。

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