第31話 誰より

「えっと……みんな、信じてくれたんじゃ?」

違うんだ咲。

信じたからこそ、こんな空気になっているんだ。

自分の理解の範疇はんちゅうから外れた存在に、人が警戒心を抱くのは当然のことなんだ。

「それって私達の行動をのぞかれたり、話を盗み聞きされるってことでしょ?」

親しくは無い女子が、みんなの不安を代表して声を上げる。

見えないということは、そういうことだ。

「つとむくん、アンタは堂々としてなさい」

少女の声は、いつもより少し優しかった。

「覗きや盗み聞きをするような人間が、夜中にあんなに寂しい河原に来るわけ無いでしょう?」

夜は退屈で仕方ない。

虫の声を聞いて、星を数えて、ひたすら歩いて、時に歌う。

君のいる河原は、ののしられても心地よかった。

「ごめんね」

「どうして君が謝る?」

「多分、アンタの友達のトイレにまで付いていったことが、曖昧あいまいだったものを明確な不安に変えてしまったんだと思う」

「関係無いよ。そんなことは遅かれ早かれだ」

「でも!」

「問題無いよ。咲が何とかしてくれる」

そう言って僕は、戸惑っている咲の隣に立ち、その手を強く握った。

自分で誤解をくことさえ出来ない。

咲に頼らざるを得ないのは不甲斐ないけれど、僕には咲を力付けることが出来る。

握る手に力を込めた。

「極端な話、僕は咲がいればそれでいいんだ」

咲に頭を叩かれる。

その目に光が宿る。

「いいわけ無いでしょう。待ってて」

僕に優しく笑って、強い眼差まなざしを教室のみんなに向けた。

部長が、僕達を見て微笑んだ。

僕が見えないはずの先生が、何故か全てを見ていたかのようにうなづく。

僕の大好きな咲は、誰より強いのだ。


「彼は、そんなことはしません」

力強く言い切る。

「自分の席の隣で、友達が会話しているのを聞いたり、一人でツッコミを入れることはあっても、後を付けたり、ましてや覗きなんてことは絶対にしません」

「でもそんなの、私達には判んないし」

さっきの女子が言う。

「でもそれって、生きてる人間だって陰で何してるか判らないんじゃない?」

「それはそうだけど、見えないんだから対策のしようが無いじゃん」

それはそうだ。

見えないものに対処しようとすれば、行動は酷く制限される。

「誰にもバレないし罪にも問われないのに、彼はルールを守ることを自分に課してました。そうね、彼がするルール違反は、道路の真ん中で歌うことくらいかな」

教室に笑いが起こる。

いや、それをみんなにバラすのはやめてくれ。

「彼がルールを守る理由の半分は、私にバレたくないから」

また何人かが笑う。

「勉、幽霊になっても尻に敷かれてるな!」

黙れ雄介!

「そして残りの半分は、彼が幽霊であってもなお、友人達に軽蔑されるような存在でありたくないから」

雄介がしょんぼりした。

雄介、光成、和明、エロ談義は出来なくても、僕は君達を友達だと思っていいだろうか。

「だから彼は、放課後、街へ繰り出す友人の後ろ姿をうらやむように見送ったりしながら、本当はもっと関わり合いたいのにプライベートへの干渉は避けていました」

さっきの女子は何も言わないが、納得したわけでは無さそうだ。

「勉」

クラスのみんなではなく、僕に呼び掛ける。

いきなりどうしたんだ?

「勉、あなたは、そのとき自分がどんな顔をしているか知らないでしょう?」

誰にも見えない。

自分自身、鏡にも映らない。

だから僕は、知らず知らず無防備な表情をしていたかも知れない。

「どんなにがれるような、それでいて優しい顔をしているか、知らないでしょう?」

咲、お前だってどんなに優しい顔をしていることか。

見ようによれば、それはひどく滑稽こっけいな一人芝居である筈なのに、クラスのみんなには、あたかも僕が見えるかのような切実なうったえかけだった。

僕は──勉は、ここにいる。

ここにいて、やましいことなど一つも無いのだと、それがどうして判らないのだと、咲は全身で訴えている。

「一度、いえ、ホントは十回以上だけど、夜中に勉の後を付けたことがありました」

またみんなに話し掛ける。

幽霊に気取けどられずに後を付けるとか、お前はくのいちか!

というか背後霊はお前の方かよ!

「私は暗いところが苦手なので、幽霊が出たらどうしよう、なんて思いながら後を付けました」

大きな笑いが起こる。

やっぱり、咲は凄いなぁ。

こんな時でもユーモアを交え、聞く人の心をほぐすのだ。

そして、解した心に訴えるのだ。

「勉は、何度も空を見上げました」

星が綺麗だ。

月が綺麗だ。

生きている時と同じように、僕は綺麗なものを綺麗だと感じる。

「眠れない彼は、時間を持て余して星を数えます」

咲は綺麗だ。

生きていた時よりも、焦がれるようにそう思う。

「物に触れられない彼は、ただひたすら歩いて夜明けを待ちます」

教室が静まり返る。

いや、部長が泣いていた。

「朝、教室で私を見た彼は、赤子のように無垢むくな笑顔を浮かべます」

色の無い世界で、咲だけが色付いていた。

まるで初めて目を開いた赤ん坊が、母の姿を目にしたように。

そして咲が、世界をいろどっていく。

「だから」

咲が深呼吸した。

普段から強い目の光が、更に強くなる。

「そんな素敵な、私の彼氏の悪口は許さないわ」

ほら、僕の彼女は、誰より強いのだ。

誰より、素敵なのだ。

先生が拍手する。

続いて雄介も手を叩いた。

それが、周りに伝播でんぱする。

「勉、お帰り」

和明が泣きながら言った。

僕は涙が出ない。

でも、生きている時と同じように、嬉しくて泣くことが出来るのだ。

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