第29話 証明

教室の空気が、決して咲を応援するようなものに変わったわけじゃない。

雄介達だって懐疑かいぎ的だし、その発言も、咲に助け船を出したと言うよりは、僕と会えるものなら会ってみたいと思ってくれたからなのだろう。

「お前、証明できなかったら沢村に謝れよ?」

藤森さんの、本来は優しい声の強い口調。

僕の存在が証明できない場合、つまり僕が存在しないと判断が下された時に、僕に謝ったところで意味は無いと思うのだが、その矛盾に藤森さんは気付いていない。

その矛盾は、否定しながらも存在してほしいと思っているから生じるものなのだろうか。

「ちょうどいいわ。藤森さん、校内の好きなところを適当にまわってきてくれる?」

咲は、不安では無いのだろうか?

藤森さんに向ける笑顔に、おびえも、迷いも無い。

「校内まわってどうすんのさ?」

どうするんだ?

「勉が、あなたの後を付いてまわるわ」

え?

「あなたがどこを通って、どこに立ち寄ったかを勉に報告してもらうの。私は教室にいるから、そんなこと知りようが無いでしょう?」

なるほど、そんな簡単な方法があったのか。

「面倒だったら、二人きりになって何かメッセージをつぶやいてくれてもいいわ」

「さ、沢村と二人っきり!?」

「勉がいないと思うのなら、何の問題も無いでしょう?」

「くっ!」

更に咲は動揺する藤森さんに近寄り、耳打ちするように告げた。

「二宮さんは、脱ごうとしたら勉が見えるようになったらしいわ」

「はうっ!?」

こらこら、いらん情報を与えるな。

でも、咲が冗談で言ってるわけでは無いことが、僕には判る。

それが咲の凄いところだ。

嫉妬深くて、僕が他の女子の裸なんか見ようものなら怒り狂うくせに、僕が見える人が増える可能性を優先する。

咲は多分、藤森さんに可能性を見出みいだしたのだろう。

「それからもう一つ」

咲はみんなに向かって言う。

「勉の友達になった、可愛い女の子の幽霊が来てくれているらしいんだけど、彼女は私には見えません。が、彼女にも参加してもらうので、もう一人、この証明に付き合ってくれる人はいませんか」

さすがに薄気味悪く思う生徒もいたが、全体的には好奇心が勝っているようだ。

そもそも咲や二宮は、普段から嘘を言うタイプではないし、ここまでくると嘘にしては荒唐無稽こうとうむけいすぎる。

二人揃って病んでいるとも思えないだろうから、もしかして本当に? という空気になりつつある。

「えっと、じゃあ俺が」

雄介が手を挙げる。

「んー、勉に近い人間は不正を疑われそうだけど……みんなはこの方法、この人選でいいかな?」

クラスメートを見渡す。

「藤森さんの行動を言い当てたとして、それを導いた何かが勉である証拠は?」

光成みつなり、つまらんことを聞くな。

そもそも俺の幽霊を仕立てあげるメリットなんて無いんだぞ?

「それは、私と二宮さんの言葉を信じてとしか言えない」

強く響く咲の声。

光成は何も言わないし、クラスのみんなも異論は無いようだ。

「じゃあ、二人とも行ってくれるかな。勿論、別行動で」

逆に咲一人が教室から出て、その間の教室内の状況を言い当てるという方法も出来そうだが、これだと盗聴器や隠しカメラを使って知ることが可能だ。

もちろん藤森さんや雄介がグルだとか疑い出したらキリがないのだけど、二人の別行動を言い当てたなら、ほぼ証明されたと言っていいのではないだろうか。

「あーあ、バッカらしいけど行ってくるわ」

「じゃあ咲」

咲は、少し心配そうな顔をしてうなづく。

僕は咲に助けてもらってばかりだから、せめてと思い安心させるような笑みを浮かべる。

咲も笑顔を浮かべる。

「つとむくん」

「ん?」

「この男、私の好みじゃないんだけど」

「黙って付いていけ!」

「ちぇー」

雄介を担当する幽霊少女がちょっと心配だが、とにかく藤森さんの一挙手一投足に集中しよう。

僕達は、教室を出た。


藤森さんが最初に向かったのは音楽室だった。

つたない手つきでピアノの鍵盤を叩く。

たどたどしく猫ふんじゃったをくが、音色は声と同じように優しかった。

「はぁー……何やってんだろ」

バァーンと十本の指で鍵盤を叩きつけると、自己嫌悪におちいったようにうつむいてしまう。

「せっかく聴いていたのに途中でやめるのは勿体無い」

聞こえたわけでは無いだろうに、藤森さんは姿勢を正し、また鍵盤に置いた指を動かし始めた。

……ジムノペディ?

曲名は知らなくても、ほとんどの人が一度は聴いたことのあるものだ。

ゆったりと、優しく、穏やかな水面に浮かんで漂うような、微睡まどろむような。

さっきまでの手つきは嘘みたいに、指先は綺麗に動き、音色は優しさを際立たせる。

「ねえ沢村」

優しい音色に、藤森さんは優しい声を乗せる。

「私が沢村の言うことをきいていたら、何か違っていたのかな」

いつもと違う、優しい口調。

アタシと言わずに私と発音する藤森さんは初めてだ。

「例えば私が化粧をせずに学校に来たら、沢村は何て言ってくれた?」

過度な装飾を排したこの曲と同じように。

多分、そんな風に感じただろう。

「まあ……何があってもたちばなには敵わないんだけどね」

ジムノペディ第一番を弾き終える。

音楽室が静けさに満ちる。

僕は拍手をしたけれど、藤森さんの耳には届かない。

静かな音楽室に、藤森さんの嗚咽おえつが満ちる。

「泣かないで」

そう言って肩に手を置いても、何も伝わらない。

「まあいっか」

何がだろう?

「もし沢村の幽霊が本当にいるのなら、私がどんなに恥ずかしくてもいいや」

「お、おい!」

藤村さんはブラウスのボタンを外していく。

「私さ、本当は胸が大きいんだけど、沢村が貧乳好きって知ってから小さく見えるように努力してたんだ」

僕は別に胸の大きさで女性を好きになるわけでは無いし、そもそも君の魅力は他に沢山ある!

「沢村、もし本当にいるのなら、止めるか襲うかしてみせて」

「無茶言うな!」

「私が一人で馬鹿してるんじゃないって、証明してみせて」

「君がしようとしていることは、僕が無力であることの証明だ」

「え?」

藤森さんが手を止めた。

藤森さんが、僕の言葉に反応した。

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