第28話 ホームルーム

いつもと同じ雰囲気。

ホームルームを終えたら放課後だという、少し浮わついた空気。

タマちゃん先生は厳しいのでみんなおとなしく黙っているが、座り方ひとつを取ってみても、どこかだらしない生徒がちらほら。

たちばなさんから、みなさんにお話があるそうです」

先生の言葉で、そんな空気が少し変わる。

好奇心を刺激したのか、あちこちで私語が交わされ、気怠けだるげだった教室に活気のようなものが満ちる。

ホームルームの時間を使わせてもらうということは、タマちゃん先生は話の内容を知っているということだ。

知った上で許可をしたということだ。

生徒の反応次第では収拾するのに苦労しそうだし、教師としては反対するのが正解だろう。

でも、幽霊を「信じてみたい」とも言っていたから、何かしら死者への想いというものを持っているのかも知れない。

何より、咲の気持ちをんでくれたのだろう。

先生にうながされて教壇に立った咲は、それだけで周囲が華やぐようにえる。

舞台女優でも似合いそうなオーラみたいなものがあって、自然と人の耳目じもくを集める存在感がある。

そんな咲が、珍しく緊張しているようだ。

いつも堂々として物怖ものおじしない僕の幼馴染が、唇を噛んだり意味もなく自分の爪を見つめたりしている。

だが、意を決したように口元を引き締めると、教室は途端とたんに静かになった。

咲、頑張れ──

「勉は、幽霊になって私達のそばにいます」

……やっぱりド直球だった。

前置きすら無く、何の心構えも与えられなかったのだから聞く方は戸惑う。

「あ、私達の傍にって言うのは、みんなの心の中にいますみたいな抽象的な意味じゃ無くて」

違う、咲、みんながポカンとしているのはそこじゃない。

「えっと、いま勉はあの席、窓際のいちばん後ろに座ってます」

咲が僕を指差し、教室がざわつき出す。

何と言うか、あまり気分のいい騒々しさではなくて、「ヤバくね?」「ウケる」といった、揶揄やゆとも嘲笑とも取れる声が混じっている。

少なくともその声の中に、僕の友人が混じっていないのは救いだが。

「ほら言ったじゃない。頭がオカシイ扱いされるって」

僕の隣に立つ幽霊少女が、小馬鹿にした口調で言う。

でも、その口調とは裏腹に、少女は顔をしかめている。

咲を小馬鹿にしておきながら、咲を馬鹿にする周囲に不快感を覚えているようだ。

「あの、急にこんなこと言われて戸惑うのは勿論だけど、勉はホントにいて──」

「あのさぁ」

藤森さんが口を挟む。

以前は学校一ケバかったが、今はクラス一くらいになっている女子だ。

「そういうの、いいから」

相変わらず声はいいのに、しゃべり方はいただけない。

でも、懐かしいセリフだ。

僕も何度か言われたことがある。

なんせ、「せっかく可愛い顔をしているのに厚化粧で台無しだ」とか、「綺麗な脚だからといって露出すればいいというものではない」とか、「言葉遣いが悪くて、素敵な声の周波数の無駄遣いだ」とか、いま思えば随分と酷いことを言ってきたのだ。

その度に、「そういうの、いいから」と顔をそむけて言われたものだが、もしかしたらまだ根に持っているのかも知れない。

いや、でもそんな悪い子ではないから、咲に八つ当たりするなんてことは無いと思うけれど。

「幼馴染だか何だか知らないけど、そういうのキモいから」

僕は思わず藤森さんのところへ駆け寄り、頭にチョップを入れる。

「キモいなんて言葉は使うべきじゃないと、いったい何度言えば判るのだ君は」

咲が、いいから、という目をして軽く首を振る。

「勉が、今あなたの頭を叩いたわ」

「はぁ!? イタイんだよ! ……いや、アタシの頭のことじゃなくてアンタの発言のことだからね?」

藤森さんはワルに徹しきれないところがある。

誤解を招きそうなことは律儀に説明する癖があるのだ。

「勉が、キモいなんて言葉は使うべきじゃないって」

咲は、どこかいたわるような表情で言った。

「っ!」

でも、火に油を注いでしまったのかも知れない。

咲と反比例するみたいに、その表情は険しくなった。

「そういうの、死者への冒涜ぼうとくっつーんだよ!」

ああ、残念だな。

せっかく優しい声をしているのに語気を荒らげて。

でも、表情の険しさは、痛さをこらえているようにも見えた。

「勉が、残念そうな顔を──」

「お前!」

我慢できなくなったのか、藤森さんは立ち上がると、勢いよく咲との距離を詰めていった。

咄嗟とっさに腕を伸ばした僕は、くうつかむ。

結局、僕は何も出来ないのか。

「待って!」

藤森さんを止めたのは、部長だった。

鋭い目で部長を振り返った藤森さんは、何故か、泣いてるみたいに見えた。

「私には沢村君の声は聞こえないけれど、姿は見えるから」

教室がどよめく。

普段、おとなしくて大きな声を出さない部長が、あの藤森さんを真正面から見据えている。

「アンタも──」

「だったら、俺も勉が見たい」

矛先が部長に向かい掛けたところで、雄介が声を上げた。

「俺も、会ってみたい」

光成……。

「ぼ……」

大勢の前で話すのが苦手な和明は、言葉が出ない。

「ぼ、僕も……」

え?

「また勉とエロ談義がしたい!」

和明……今それを言わなくても。

でも、お蔭で教室の空気が変わった。

僕はきっかけを作ってくれた部長に笑みを向け、部長も返してくれる。

それを見るクラスのみんなが、演技では無い何かを感じ取る。

表情、タイミング、咲の視線の先、部長の視線の先。

そういったものが、不確定な何かを微かに伝える。

「今からみんなに、勉の存在を証明します」

咲が凛とした声で言った。

え? いや、でもどうやって?

以前に見たアニメでは、幽霊の少女が蒸しパンを作ったり日記帳に文字が書けたりしたけれど、僕はそういったことが一切できないのだ。

下手をすれば、咲と部長は四面楚歌しめんそかの状態におちいるのでは……。

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