第27話 規格外

「昨日、商店街で勉へのお土産をたくさん貰ったわ」

漬物、和菓子、スイカにあゆ

かなり重かったのではと思う。

僕には暑さも寒さも判らないけれど、セミの声は聞こえていたし、咲のほほには汗が伝っていた。

荷物持ちは出来ないし、せっかくもらったものを食べることも出来ない。

咲の汗は、ただまぶしくて、重さや暑さでさえうらやましく思った。

「お土産みやげを見たお母さんが、そろそろ卒業しなきゃね、なんて言った」

今朝の光成みつなりと同じだ。

いや、光成に限らず、みんながそうだろう。

世間と隔絶している僕。

乖離かいりしていく咲。

脱皮をうながす周囲。

僕はいないものとして世界は動く。

当り前のことだ。

「悔しかった」

咲……。

「お土産を食べながら涙が出た。人の想いがまだこんなにも残っているのに、勉への気持ちを形で表してくれる人が沢山いるのに、一方では忘れろなんて言われる」

でも、そのどちらも、ちゃんとお前への気持ちにあふれているんだ。

悔しがる必要などどこにも無い。

「私は絶対に忘れない。でも周りは忘れろって言う。私は絶対に忘れないとしても、いつか周りが、勉が見えない人達が、勉のことを忘れてしまうかも知れない」

誰かが、ふとした時に思い出してくれることはあるだろう。

名前を出せば、ああアイツね、なんてひととき話題に上ることもあるだろう。

でも、記憶が完全に失われるわけじゃなくても、やがて不確かなものになって、そう言えばそんなヤツいたっけなぁ、そいつ、どんな顔してたっけ、なんて曖昧あいまいになっていくのだろう。

いずれは、記憶の残滓ざんしはあっても思い出されることすら無くなる。

「私は、それが怖い。みんなの心から勉が消えたとき、勉も消えちゃうんじゃないかって不安で仕方ない。私だけじゃ足りないんじゃないかって!」

咲、充分だよ。

咲一人で、百人分くらいの想いが僕に伝わってくる。

「私には勉が見えて、その声を聞いて会話することが出来て、その手を、握ることが出来る。きっと私は、それを周りに伝えなきゃならない」

僕の幼馴染は、ホントに規格外のバカだなぁ。

咲は、自分だけが僕と接触できて良かったとは思わないんだ。

僕が消えてしまう可能性のことも勿論あるだろうが、僕が以前のような日常を可能な限り取り戻せないかを模索もさくしている。

逆の立場なら、僕は咲を独り占め出来ると考えたかも知れないのに。

「はぁ……」

幽霊少女が溜め息をいた。

「人は忘れるのが当たり前で、幽霊の存在を維持するための答なんて誰も知らない。そんなことにあらがひまがあったら未来の幸せを探した方が有意義に──」

「私、協力する」

少女の声を聞くことの出来ない部長が、かぶせるように言った。

「私にも沢村君が見えるってことは、何か特別な意味があるんだと思う」

「二宮さん……」

咲が、感極まったように涙ぐむ。

「例えば、密かに沢村君と結ばれる可能性とか」

「二宮さん?」

咲が、夢見る乙女を批難するように顔を引きらせる。

「実は前世で夫婦だったとか」

官能小説少女は、オカルト小説少女でもあったのだろうか?

「前世なんてあるわけ無いでしょ! バカじゃないの!?」

「幽霊を目の前にして言うことでも無いと思うけど」

確かにまあ、幽霊がいるなら前世だってあってもおかしくはない。

「……で、私は何をすればいいの」

自分の意見が無視されたので、というか聞こえないのだから仕方ないのだが、少女の方は不貞腐ふてくされていた。

足を前に投げ出し、ふんぞり返って座っている。

「この子は何をすればいいんだ?」

「この子って言うな!」

代わりに聞いたら足をられた。

咲は少女のいるであろうところに目を向ける。

真剣な目に、少女は少したじろぐ。

「あなたにも、消えてもらっては困るの」

「な、何言ってんのよ! そんなことあなたに決めてもらうことじゃないわ!」

ちょっと虚勢に見えるが、それさえも伝わらないのだから通訳する。

「そんなことは自分で決めるって」

「そもそも私が消えたところで、何の不都合があるのよ?」

「私がいなくて何の問題があるのかって」

咲が、笑った。

男も女も関係無い、見る者すべてを魅了してしまうような笑みだ。

「……勉が、あなたを好きだから」

「なっ!?」

「はわっ!?」

幽霊二人を驚かしてしまう咲は、やっぱり凄いなぁ。

「ななな何言ってるの!? つとむくんがわわ私を好き!?」

「落ち着け。友達としてだ」

僕も最初は驚いたものの、少女の慌てっぷりを見て冷静になる。

「う、うっさい! そんなこと判ってるわよ!」

「あなたにはあなたの事情があるだろうけど、勉が悲しむから勝手にいなくなるのは許さないわ」

「ゆ、許さないって、アンタに何が出来るのよ!」

「勉、通訳しなくてもいいわ。何を言ってるか判るから」

やっぱり咲は恐ろしい。

「悪いけど、あなたの言い分を聞く気は無いの。私は一方的に、あなたもクラスの一員にする」

「何なの? 何なのよこの女!」

少女はヒステリックに叫ぶ。

まあ自分の理解の範疇はんちゅうを超えると、女性はこうなる。

咲は規格外で、幼馴染の僕ですら理解しきれない。

「これは、お願いじゃなくて切望よ。あなたがクラスの一員になって良かったって思えるようにする。だから、勉のそばにいてあげて」

「な、何なのよ……私が、孤独だからって……バカにして……」

バカになどしてないことくらい、少女も判っているだろう。

だからうついて、もう咲をにらむことすら出来ないのだ。

僕は少女の頭をでた。

少女はこばむことなく、ただじっと固く目を閉じていた。

まるで、素直になれない子供みたいに。

僕は咲を見て微笑む。

そして咲も微笑んだ。

……僕とは違った意味で。

「勉、今だけよ」

微笑みは怖かった。

「……はい」

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