第26話 見える人会議

「と、言うわけで、私と勉は自他共に認める恋人関係になりました!」

-放課後の文芸部の部室で、部長と幽霊少女を前にして咲は言い切った。

もしこの場に第三者がいれば、咲は二宮だけに語っているように見えただろうが、例によって文芸部の活動は部長権限によって中止されている。

「自他共に認めるって言うけど、沢村君を認識できるのは私と、えっと……幽霊少女さん? だけなんだから、私達が認めなければ自分が思い込んでるだけになるんじゃないかな」

部長は柔らかい口調で、けっこう辛辣しんらつなことを言う。

その通りだ。

自他共になんて言いながら、「他」が圧倒的に少ない。

「そんなもの、本人同士が認め合えば関係無いわ。付き合ってることに関しては」

これもその通りだ。

僕と咲が、お互い好きで付き合うのだから、他人に認めてもらう必要も無い。

大事なのは二人の気持ちだ。

「実は私……」

部長が流し目で僕を見る。

「脱げば凄いんだけどな……」

いや、部長は脱がなくても凄いけど。

「アンタは脱がなくても凄いわよ!」

咲が僕の思考を代弁してくれる。

ていうか、最近は部長のイメージがどんどん変わって、もはや清楚系ビッチだ。

但し、基本的には清楚系で、自分の前でだけビッチというのは男にとって全くマイナスポイントにならない。

寧ろプラスである。

眼鏡っグラマー文学少女が何故か僕にだけグイグイくる、というどこかのラノベタイトルみたいな存在と言えよう。

いや、眼鏡で巨乳な読書好き少女が実は清楚系ビッチだった件、とかでもいい。

「勉ぅー」

そんなことを考えていると、咲がねたように僕の腕を引っ張った。

普段は気の強い幼馴染がこういった姿を見せるのも、これはこれでポイントが高い。

部長が手元にあった文庫本を引きちぎりそうな素振りを見せるが、さすがに無理だろうから敢えて止めはしない。

「私はつとむくんが誰と付き合おうと構わないけど、都市伝説レベルになったのはおめでとうとだけ言っておくわ」

幽霊少女は意外と優しいことを言ってくれる。

「まあその咲って女が何を言ったところで、見えない他人からすれば妄想の域を出ないのだし、それ以外で唯一見える無駄に胸の大きい女も、触れないんだから手も足も出ないでしょうし」

咲も部長も僕の目の動きを見て、僕が幽霊少女と話しているらしいことを察する。

僕と普通の人間のように接することの出来る咲。

見えるだけの部長。

咲と同じく見えて会話も接触も出来るけど、僕以外からは認識されない幽霊少女。

何てややこしい……。

「ま、つとむくんにしか見えない私は、つとむくんと浮気し放題なんだけどね」

コラコラ。

この話し合いの前に、咲が先日のことをお前に謝って和解したばかりだろうが。

まあ咲は謝り方も強引で、ひたすら一方的に謝って頭を下げるものだから、少女も面食らっていたのだが。

「ありがとう」

咲が、少女のいる方に見当をつけて言った。

「は?」

少女が戸惑いの声を上げる。

俺も同じく、咲の言葉に戸惑う。

「えっと、多分だけど、勉の表情から判断して、取り敢えずは私達を祝ってくれたんだよね?」

すげー! 咲すげー!

「で、その後に勉をたぶらかすようなことを言った」

怖い! 咲怖い!

「つ、つとむくん」

「な、何だ?」

「この女、ヤバい」

「ど、同感だ」

僕は、恐ろしい女性と付き合うことになったのかも知れない。

「勉」

「は、はい!」

「私以外の女性の言葉に同意しないで」

「暴君!?」

「私は独占欲が強くて嫉妬深いけれど、勉の交遊範囲を広げる努力はするから」

……今まで何度も思ったけど、咲はバカだなぁ。

咲が努力しなければならないことなんて、一つも無いのに。

「で、結局のところ、付き合ってるから手を出すな、っていうのがこの会議の主旨?」

少女は暑そうに、手でパタパタと顔をあおいだ。

暑さは感じないはずだから、何となくこういう会議が面倒で出た仕草なのだろう。

「僕に手を出すな、というのが議題か、だって」

咲に少女の言いたいことを伝える。

「違うわ」

意外なことに、咲は即座に否定した。

では狙いは何なのだろう?

僕が見える者同士、仲良くやりましょうってことなのか?

「私は通訳、二宮さんはサポートをしてほしい」

「は?」

「幽霊の少女は勉の友達だから、出来るだけ学校に来てもらいたいの」

「は?」

俺も部長も少女も、疑問しか出てこない。

「いま言ったでしょう。私は勉の交遊範囲を広げる努力をするって」

「それって、つまり……?」

「少なくとも、クラスメートには勉の存在を認知させる」

「……」

「やめときなさい。頭おかしいって思われるだけよ」

僕も同意して、同じ言葉を咲に伝える。

「大丈夫、ちゃんと算段はあるから」

「いや、でも、何のために?」

実際のところ、僕はそこまで孤独に打ちひしがれているわけじゃない。

寧ろ、隣にいる少女と比べたら恵まれ過ぎているくらいだし、これからは教室で咲とイチャイチャ出来るとさえ考えていた。

なのに、咲は苦しそうに唇を噛んだ。

勝気な瞳が、くじけそうに伏せられる。

「……私が、不安だから」

は?

僕と部長の不思議そうな顔を他所よそに、幽霊の少女は何やら意味ありげに咲を見据みすえた。

「周りの人間の記憶から消えたときが、その人の本当の死……」

なんか、聞いたことがある。

物理的な死と、観念的な死の違いとでもいうか、死の概念のとらええ方の違いとでもいうか……。

僕は咲の不安そうな顔も、少女の言葉も笑い飛ばすことは出来ない。

だって、僕の存在自体が物理的なものでは無いし、この存在は観念的であると言えるからだ。

僕は、生でもなく死でもなく、存在として矛盾している。

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