第24話 デート

コンビニの前から、遠くに高速道路の高架が見える。

インターチェンジがあって、その辺りに派手な建造物が立ち並んでおり、風景をいちじるしく損ねている。

もっとも、子供の頃は「お城だー」とか言って、見る度に喜んでいたのだが。

その建造物群を咲が見ている。

「一人じゃ無理かな……」

何を呟いているのか。

「咲」

「私の部屋だと、いつお母さんが入ってくるか判らないし……」

人待ち顔からとろけた顔になって、今は思案顔をしている。

いや、ボーッと考え事をしているような間抜けづらとも言えるが、そうであっても咲は可愛らしい。

「咲」

「え?」

「何を考えているんだ?」

「あ、べ、別に何でもない!」

とらわれの姫を助けに行くのだ!」

「え? あ……よく憶えていたわね」

私がさらわれて、あのお城に閉じ込められたら、勉はどうする?

お互い、まだ何も知らなかった頃のやり取りだ。

「今なら僕が拐って閉じ込めたいところだけど」

「な、なに言ってるの!? バカじゃないの!?」

僕の腕をバシバシ叩く。

咲、はたから見るとヘンな人だからやめておけ。

「ごめん」

「は?」

どうしていきなり謝るんだ?

「私、自分が思ってた以上にエッチだったみたい……」

「いや、エロいことは悪いことでは無いが」

「でも男子って、清楚な子が好きなんでしょう?」

ビッチは好き嫌いが別れる。

でも、自分の前でだけエロい子は、ほぼ全ての男子が好きなのではないか?

咲が自分のほほをパチンと叩いた。

「もう大丈夫。でも、ちょっとトイレ借りてくる」

……その「でも」は、何を意味するのだろうか?

まるで、用を足す以外の理由でトイレを借りるみたいではないか。

詮索せんさくはしないでおこう。

男だって自分で制御できない身体の反応はある。

女性だって、それは同じなのだろう。


デート場所は地元の寂れた商店街だった。

家からは最も近い買い物場所だが、車のある人は大型スーパーに行くか、あるいはもっと街の中心の賑やかなところへ行く。

この商店街は僕と咲にとって、買い物場所というより遊び場だった。

店主の面々は、僕らにとって顔馴染みのオッチャン、オバチャンばかりで、走り回って叱られたことも何度かある。

「咲ちゃん、久し振りだね」

漬物屋のオッチャンから声が掛かる。

ぬかの香りが漂ってきて、僕はオッチャンの漬けたキュウリが食べたくなる。

キュウリだけじゃない。

ハクサイもナスも野沢菜も、オッチャンの漬けた漬物は、スーパーやコンビニの漬物とは格が違うのだ。

「これさぁ、特別品なんだけど」

おお、キュウリの古漬けではないか。

「え? ごめんなさい。私、あんまりお漬物は食べないので……」

「いや、勉ちゃんに」

「え?」

「勉ちゃん、味にうるさかったろ? 漬かりが浅いとかさぁ。で、今でも勉ちゃん用に漬けてるヤツがあるんだけど、これが売れなくて」

なげかわしい! 時代は浅漬けなのだ。

「そっか、勉専用か」

「それで最後にしようと思ってさ」

「うん、おじさん、ありがと」

「和菓子屋の婆さんも、確か勉ちゃん用の菓子を作ってたはずだよ」

死んでから気付く、自分の我儘わがままさ。

申し訳ないと思うと同時に、僕はオッチャンを抱き締める。

いや、絵面えづら的に美しくないとは思うが、他に気持ちの表しようが無いのだ。

「おじさん」

「ん?」

「これが最後なんて言わないで。私が買うから」

「でも、咲ちゃんは食べないだろ?」

「勉のお仏壇にそなえます」

「……咲ちゃん」

「はい」

「勉ちゃんは、ヘンな子だったよなぁ」

「ですね」

「頑固で素直じゃないけど、大人でも舌を巻くような理屈をねてきた」

「おっしゃる通り」

「でも、咲ちゃんを見る目は素直だったねぇ」

「は?」

いやいやオッチャン、勝手なことを言わないでください。

「いや、素直には言わないだろうけどさ、素直に綺麗だって思って──ん?」

奥さんが隣にやって来て、オッチャンをひじで突く。

「あ、すまねぇ。こんな話しちゃ、思い出させちまうな」

まだ、誰もが思い出話として軽く口に出来るほど月日は経っていない。

故人との距離が近ければ近いほど、時間は必要だ。

オッチャンが持つ僕への距離感が、咲には当てまらないことに気付いて頭を下げる。

「おじさん」

「ん?」

「大丈夫。勉なら私の背後霊になってるから」

屈託なく咲が笑う。

おい、咲、その清々しさは、逆に病んでると思われるぞ。

「……そうか」

え?

「違いねぇ!」

おい!

「勉ちゃんなら間違いなく咲ちゃんに取り付いてる!」

……僕はそんなにストーカー気質に見えるのだろうか。

いてる幼馴染……か。

苦笑しか出ない。

僕は第三者から見てそう思えるくらい、咲への愛が駄々漏だだもれだったらしい。

「じゃあおじさん、次は和菓子屋のお婆ちゃんのところ行ってくるね」

「あいよ。婆さんには爺さんの背後霊が憑いてるから、話もはずむだろ」

どこまで本気か冗談か判らないやり取り。

でも案外、僕みたいな存在が沢山いて、誰かを支えたり、誰かに支えられているのかも知れない。


結局その日のデートは、最初のキス以外は色気の無いもので終わった。

和菓子屋のお婆ちゃんは、「見える、見えるよ」と、全く見当違いの方向を見ながら話し掛けてきて、どっさり特製の和菓子をくれた。

よく怒られて怖いイメージのあった青果店の爺さんは、仏頂面ぶっちょうづらのままスイカを一玉くれた。

文房具屋のオバチャンは、旦那さんが釣ってきたばかりだというあゆを四匹分けてくれた。

咲の家は三人家族だから、一匹は僕の分なのだろう。

嬉しいけれど……何だろう?

僕は素直に喜べない。

「大丈夫だよ」

帰り道、咲はそんなことを言った。

僕が浮かない顔をしている理由を知っているみたいに。

「あの人達も勉と同じ」

咲は、何を言っているのだろう?

くやしさを、こうやって形にしてくれたのよ」

……そうか、僕は悔しかったのだ。

もらった厚意に何のお返しも出来ない自分が、悔しくて仕方なかったのだ。

毎日には続きがあって、感謝の気持ちや好きだという想いも明日へ持ち越せると思っていた過去は、なんて贅沢ぜいたくな生き方をしていたのだろう。

「あの人達の気持ちをめば、勉は悔しがる必要なんて無いの」

咲は僕に微笑みかける。

綺麗で可愛くて気が強い。

たぶん本人は認めないけれど僕以上に融通ゆうづうがきかなくて、でも誰より優しい。

そしてもしかしたら、ちょっとエッチかも知れない。

そんな咲は……僕の誇りだ。

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