第20話 良かったこと

「私にも、幼馴染がいた」

日が暮れて、堤防の草むらで夜の虫が鳴き出す頃になって、少女はやっと口を開いた。

僕には咲という幼馴染がいる。

少女には、幼馴染がいた。

過去形で言うのは、やはりその幼馴染には少女が見えないからなのだろう。

「学校帰りにね、いつもここでしゃべってたの」

僕は、家の近所の神社が咲との遊び場所だった。

そういえば最近は行っていない。

それは、場所にすがる必要が無かったからだ。

「来てくれたのは、最初の一ヶ月だけだったな……」

少女は自嘲気味に言った。

多分、相手の少年が少女を喪ってからここに訪れた期間。

生きている人間は死者を忘れるべき。

結局は、みんな一人。

そんな風な考えに至ったのは、自分を納得させるためだったのか、あるいは、少年を責めないためか。

もし咲が僕を見ることが出来ないなら、そして一ヶ月で僕との関係にケジメをつけたなら、僕はどうするだろう?

……咲を責めたくはないな。

咲には幸せになってもらいたい。

たとえ僕を忘れ去ってでも、咲には笑っていてほしい。

きっと、少女も同じなのだろう。

ただ、寂しさを誤魔化すことが出来ないだけだ。

「ねえ」

「うん?」

「大切にしてあげなさい」

「え?」

「あの子の言う通り、私と彼は希薄な関係だったのよ」

「いや、君が言ったじゃないか。僕の場合は奇跡だって。君達の関係が希薄だったわけじゃ無い」

少女は首を振った。

「奇跡も必然だと思うのよね。彼女に会って、それが判った気がする」

「咲に会って、何を?」

「多分、あの子はあなたが見えなくても忘れないし、あなたも背後霊のように付きまとうんじゃないかしら」

「片や美談で片やストーカーじゃないか!」

少女が、やっと笑った。

「本人が嫌がらないなら、それはストーカーじゃ無いわ」

「それ、但しイケメンに限る、ってケースなんじゃないか?」

「あなたって本当にバカよね?」

「……咲にもよく言われる」

「但し、つとむくんに限る、でしょ?」

随分と甘美な響きだ。

僕に限る、僕だけしか駄目だってことだ。

……だとしたら、やっぱり咲もバカだと思う。

「だいたい、何で私の方へ来るのよ」

「いや、君は泣いていたし、少なくとも大切な人だから」

少女は、心持ち口をとがらせた。

「だったら咲って子はどうなの? 置いてけぼりにして」

「咲は、絶対的な繋がりがあるから、最優先にしなくても安心できる」

「……はぁ、判ってんならいいけど、そういうのって女子は根に持つよ」

「そうなんだよ。咲はさっぱりした性格に見えて、そういうことは結構しつこくネチネチと……」

「私はもういいから、フォローしに行きなさいよ」

本心で言ってくれているのは判った。

けれど、人の本心は決して一つとは限らないことも知っている。

真っ暗になった河原で、また一人きりになることを望んでいるわけでは無いのだろう、きゅっと結んだ唇は強がっているようにも見えた。

「取り敢えず、流れ星が見えるまではいるよ」

「はあ!? そんなのいつ流れるか判んないじゃん!」

今夜は月も出ていないし、天の川もはっきり見える。

この時期なら、流れ星は偶然より少し高い確率で見られるんじゃないだろうか。

「いいことに気付いた」

「何よ?」

「ずっと空を見上げていても首が痛くならない」

「……それは良かったね」

夜空を眺め続けるというのは結構キツイことなのだが、少女は素っ気ない。

「幽霊になるのも悪いことばかりじゃない」

「……そうかな?」

「歩いても疲れない」

「……移動する理由も無いし」

「一人絶叫ライブをしても恥ずかしくない」

「アンタ、恥ずかしがってたじゃない」

「そ、それは、生きてた頃の羞恥心しゅうちしんが残っているからで、実際のところ恥ずかしがる必要は無い!」

「露出狂が露出したのに誰にも気付いてもらえないなんて、そんなのむなしいだけじゃん」

「人を露出狂みたいに言わないでくれ!」

少女がまた笑う。

川のせせらぎと虫の声。

風を肌で感じることは出来ないけれど、風の音は拾える。

「あ!」

少女が子供みたいな声を上げた。

一瞬だが、星が流れたことに僕も気付く。

本当は、幽霊になって良かったなんて思えることなど無い。

ただ、幽霊になってなかったら、この少女の存在さえ気付けないわけで、それはちょっと嫌だなぁ、とは思う。

「……さてさて、星も流れたことだし、アンタはさっさと彼女のところに行きなさい」

さっきの子供みたいな声と違って、素っ気ない声でお姉さん風を吹かす。

「うん、また」

「もう来なくていいわよ」

「幽霊になっていちばん良かったって思えることは」

「まだ何かあるの?」

「幽霊の友達が出来たことだ」

「な、なに言ってんのよ! のろい殺すわよ!」

何故!?

「また、って言ったからには、来なきゃたたるわよ!」

そっち!?

「い、いいから早く行け!」

ぐはっ!

真正面からりを入れられる。

「私も幽霊で良かったと思えることを見つけたわ」

「な、なんだ?」

「どれだけなぐっても、一切罪には問われない」

僕は後退りしながら、でも、少女の活き活きとした小悪魔っぷりを見ながら思った。

触れ合えるということは殴り合えるということでもあるが、たぶんこれから先、僕は一方的に殴られる役なのだろうと。

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