第18話 登校日

「死ねば?」

幽霊に向かってこんな暴言が吐けるのは、この少女しかいない。

梅雨が明けて晴れた日の昼下がり、僕は堤防の階段に座って、隣にいる凄い少女を改めて見つめた。

明るい日差しの下で見るその顔は、今までよりずっと可愛らしく、そして幼く見えた。

「話をまとめると、幽霊になったあなたとは永遠に幼馴染でいましょうってことで、腐女子っぽい女の方は、幽霊になったあなたを小説のネタにしたい、ってことね」

「どこをどう聞けばそうなる!」

いや、当たらずとも遠からずな気もするが。

「まあいいんじゃない? 女共と上手くやってさっさと成仏じょうぶつするも良し、触れなくて悶々もんもんとして未練をつのらせるも良し」

うーん、どっちもイヤだなぁ。

「まあいずれにしろ、以前よりマシな顔になってきてるみたいだし」

そうなのか。

だとしたら、やはり咲のお蔭だろう。

「それにしても、アンタの幼馴染も変なことするわね」

「変なこと?」

「だって、アンタが見える女子を増やすってことは……そっか、別に男として見てないんだからそれでいいのか」

それは僕も危惧するところではありますが。

「いくら幼馴染とはいえ幽霊の面倒ばっかり見てられないし、負担を軽減するにはむしろラッキーだったわけね」

それはあまり考えたくないことでもあるのですが。

でも、現状では咲に負担をかけているのは事実だし、僕が咲にしてやれることも思いつかない。

先生が言ったように教室で愛を叫んでみても、それはそれで咲に負担をかけそうだ。

「……あなたは、つとむくんは、その幼馴染に何かしてあげたいって思ってるの?」

「そりゃ、まあ」

「諦めなさい」

「おい!」

軽いノリのつもりだった。

けれど少女は、真剣な顔で僕を見据みすえてきた。

「本来、干渉なんて出来ない存在なの。死者が生者に出来ることなんて無いのよ」

「……」

うん、その通りだ。

現状自体が恵まれたもので、更に何かしてあげたいと思うことは烏滸おこがましいのだろう。

「んー、ちょっとアンタの学校にでも行ってみるか」

「え?」

「何よ?」

「いや、何でもない」

「久し振りの登校日だ!」

元気に言う。

夕方でも深夜でも、そして昼間に来てみても、彼女はいつもこの河原にたたずんでいるから、もはや地縛霊なのではあるまいかと思っていたが違ったみたいだ。

もしかしたら、項垂うなだれてしまった僕を気分転換させようと気を遣ってくれたのか。

「よいしょ」

幽霊が「よいしょ」と言って立ち上がる光景は何だか微笑ましい。

僕も立ち上がると、少女が思いのほか小さいことに驚く。

でも、中学一年生とかだったら、こんなものかも知れない。

「何よ?」

「いや、別に」

「言っとくけど、見た目は中一でもアンタより三つ年上だからね」

十九歳!?

合法ロリですか!?

つまり、えーっと、彼女が中一で幽霊になったとして……七年か。

七年もこんな小さい少女が、一人で過ごしてきたのだろうか。

他の幽霊の知り合いがいるにしても、積極的に交友を結んでいる様子は無いし、一人でいるのが当たり前のように見える。

幽霊になってみても欲求は以前と同じく自分の中にあるし、わずらわしく生々しい生きた感情はそのままだ。

寂しいと思ったり、悲しみに胸が震えたりするのは変わらない。

ならば彼女もやはり、そういった感情をどこかに仕舞っているのだろうか。

「さっさと行くわよ?」

「あ、ああ」

強気で、口が悪くて小生意気。

でも、小さな歩幅で歩き出したその背中は、寄る辺ない迷子の姿に見えた。


「シケた高校よね」

校門の前に立つと、少女は吐き捨てるように言った。

取り敢えずはけなさないと気が済まないタチなのだろうか。

僕は昼休みに学校を抜け出したから、今はもう放課後になっている。

「ダサい制服よね」

下校していく生徒を眺めながら、少女は吐き捨てるように……どこかうらやむような目をして言った。

恐らくは、生きていればこの制服にそでを通しただろう。

それはきっと似合って、スカート丈なんかも短くしていたかも知れない。

男子からも人気があって、不機嫌そうな顔もほころばせていたに違いない。

今は、誰も彼女に目を留めない。

「……似合いそうだけどな」

「は? 私がダサいって言いたいの?」

「いや、ダサい制服でも可愛く着こなすだろうなってことだよ」

「ふん、当たり前じゃない。そもそもこんなショボい高校に私より可愛い子がいるわけ──あ」

「どうした?」

「訂正。一人だけいたみたい」

この小生意気な少女にしては、えらく謙虚なことを言う。

まあ女の可愛いはアテにならないが、この子が認めるならそれなりに可愛いのだろう。

って、もしかして、咲?

校舎から出てきた咲が、こちらに向かって歩いてくるところだった。

「勉、何やってるの?」

スマホを耳に当て、通話中を装った咲が話し掛けてくる。

「ああ、以前に話したことのある幽霊の子を学校案内するところだ」

「ふーん。私に勉が見えるからって、やっぱり他の幽霊が見えるわけじゃないのね」

咲はキョロキョロしながら、何故か髪を搔き上げ耳を出した。

ワザとなのか無意識なのか。

ワザとだとしたら、何か牽制けんせいのような意味があるのか。

それとも姿が見えない代わりに、声でも聞こうとしているのか。

「まさか、これがアンタの言ってた幼馴染じゃないでしょうね?」

「ん? そのまさかだが?」

「アンタ、いっぺん成仏した方がいいわよ」

「死ねばと言われるよりもリアリティを感じてしまう!?」

「アンタみたいなのが、どうやってこんな美少女と知り合ったのよ」

「いや、だから幼馴染だって。家が隣なんだよ」

僥倖ぎょうこう、奇跡、千載一遇、もう思い残すことも無いんじゃない?」

ひどい言われようだ。

「ね、好きって言ってみて」

「は? そんな誤解を招くようなことを言うわけないだろう」

コイツ、絶対この状況を楽しんでるな。

「私に会えて良かったって言ったじゃない」

「それは言ったが、このタイミングで言うことでは──」

「むー」

イカン! 咲が不機嫌そうにうなり声を発している!

「何だか、デート中に他の女が現れて彼女に言い訳してるみたいに聞こえるわ」

「いや、誤解だって」

僕としては、どっちにも言い訳している気分だ。

「んー、今から三者面談します。ついてきて」

……またか。

先生と三者面談、部長と三者面談、そして幽霊の少女と三者面談。

咲は僕の保護者なのか?

「さて、あなたの幼馴染にも判らせてあげなきゃね」

少女が不穏な言葉を呟いて、小悪魔的な笑みを僕に向けた。

僕としては、この可愛らしい小悪魔が悪魔に変わらぬよう願うしかない。

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