第17話 密室
休み時間に廊下の窓から外を見ていると、寄り添うように部長が隣に立った。
今朝のことがあるので少し身構えてしまうが、部長はいつも通りの優しい顔をして言う。
「放課後、また部室に来てね」
咲とのやり取りを思い出す。
束縛、拘束とは違う絶対的な繋がりがあるなら、それはある意味、自由と言える。
他のことに惑わされず、揺ぎ無いものなのだし、どんな行動をしようと不変の繋がりであるからだ。
とは言え、小心者の僕としては
「いや、また今度にするよ」
「じゃ、待ってるね」
「あ、おい!」
僕が呼び止めても振り返りもせず、部長は教室に戻る。
聞こえなかったのか?
あ!
部長は僕が見えるようになっても、声は聞こえないんだった!
もしかして、会話が出来ないという圧倒的に不利な状況を
まさか部長がそんな腹黒いことをするとは思えないが……。
まあ小心者の僕としては、断れなかった以上は部室に顔を出すべきだろう。
「咲」
「なぁに?」
ご機嫌なようだ。
というか、朝から放課後になるまでご機嫌な様子だった。
「この後、文芸部に行ってくる」
「別にわざわざ断らなくていいわよ? 勉はいつも通り、好きなように行動すればいいんだから」
理解のある嫁、いや、幼馴染で助かる。
「勉は私と共にあるんでしょう?」
「あ、ああ」
「にしし」
高貴な咲が、珍しく品の無い笑い声を漏らす。
まあそれも、ただ可愛らしいだけなのだが。
「私はタマちゃん先生と話すことがあるから。じゃあね」
手を振る仕草も元気
何も案ずることは無い。
文芸部に行くのは生前と同じ行動であり、交友活動であり、趣味の一環であるのだ。
部室の扉は開いたままになっていおり、中を
直ぐに僕に気付くと、わざわざ立ち上がって迎えに来てくれる。
「沢村君、入って」
入ると同時に扉が閉められる。
僕が物に触れられないから扉を開けておいてくれたのだろう。
部長らしい気遣いだ。
カチッ。
ん? いま鍵を掛けたような音が?
「さあ、座って」
僕の特等席には、もう花瓶は置かれていなかった。
「な、なにを?」
「ずっとこうしたいと思ってたんだけど、前までは先輩がいたものね?」
いや、同意を求めるように言われても。
「三年生と一年生だけの部だったから、私が二年生になって、部長になって、後輩も出来て、
「うん、部長は部長らしく出来てると思う」
聞こえなくても、返事はしておきたい。
表情などから伝わるものもあるだろう。
「前は三人だった文芸部が、今は四人になって、あの子達は仲良しで賑やかになったけど、でも、沢村君はいなくなって……」
静かな口調、そして言葉を探す時に眼鏡を掛け直す動作、伏し目がちな笑顔。
部長は、いや、二宮は二宮のままだ。
「ここでは私が権限を持ってるの」
「え?」
「部長権限で、今日の部活動は休みにしちゃった」
さっきの言葉は訂正しなければならない。
二宮は、僕の知らない顔を持っている。
「と言うことは」
「部室で二人きりになりたいって、ずっと思ってたの」
さっきの鍵を掛ける音は、僕の聞き間違いでは無かったようだ。
「それとも、私の知らない間に沢村君は忍び込んで、二人きりになったことってあるのかな?」
部長、近い。
耳元で、息を吹き掛けるように
僕に触覚が残っていたなら、背筋がゾクゾクしたことだろう。
いや、感覚は無くても、身体の奥からゾクリとするような本能が頭を
「だとしたら、いま沢村君が座ってる椅子で、いけないことしちゃったの見られてたりしたのかも」
イケナイコト?
椅子でするイケナイコトって何ダロウ?
僕の思考は
「そんなに身構えないでよ。どうせ触れることは出来ないんだし、何をしたって私の一人芝居みたいなものでしょう?」
イケナイコト、一人芝居と聞いて、イケナイコトを想像してしまう僕は、咲に顔向けが出来ない。
「うちの文芸部って厳しいでしょう?」
確かにそうかも知れない。
文芸といいながら、絵を描いたり漫画もオッケーなところがあるようだが、ここはそういったものは一切禁止だった。
その厳しい環境の中でのイケナイコトというのは、どこか背徳感を帯びて、より
「部外者の沢村君が、時々そこに座って漫画を読んでいるのを見て、いつか私もやってみたいって思ってたの」
「へー、そのくらい簡単に出来そうに思うけど」
って、あれ? 何の話だっけ?
「まだ先輩がいた頃、たまたま部室に一人になったときは、こっそりそこに座って漫画を読んでたの」
……おい。
「今は権限があるといっても部長としての示しも大事だから、これはこれでなかなかいけないことが出来なくって」
「イケナイコトってそんなことなのか!?」
理不尽な怒りなのは自覚しつつ、こちらが理不尽な目に
しかもイケナイコトからイケないことが連想され、「椅子じゃイケないのぉ」と誘ってくる恥態まで妄想が広がっていたのに!
「沢村君?」
部長的には、「ははは、これで部長も僕の仲間だな」みたいな反応を想像していたのだろうか。
お互いの想像がここまで
僕に女性経験が無いとか、そういったことは関係ない
それに、そそる女というのは無自覚で、自覚してやる女というのは大抵そそらないものである。
「えっと、やっぱり会話に
A4サイズの紙に五十音が書かれたものを取り出す。
「指で文字を指して」
僕は自分を恥じる。
ちゃんと意志疎通しようと、こんなものまで用意してくれていた。
ぎこちなく指で文字を繋ぎ、言葉を
手間のかかる会話は、それでも一言一言を大切に発言する行為にも感じられた。
部長はイライラもせず、微笑みながら僕の表現を待つ。
二宮は、やっぱり二宮だった。
いや、でも今、ニヤリと笑ったような。
この日は思い出話に花を咲かせただけで終わったけれど……まさか、な。
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