第16話 所有権
放課後の教室に三人が残る。
自己主張の強い美人と
あるいは、気高き姫と、優しい町娘、それと幽霊。
「有罪」
咲が一言で言い放った。
「ちょっと待ってくれ。不可抗力だ」
「あのねぇ、不可抗力って、ワザとじゃないみたいな意味で使う人がいるけど、自分の力では防ぎようのないってことだから」
「つまり?」
「ワザとじゃなくても注意すれば防げたことだから、勉がしたことは
「それなら同罪じゃなくて過失じゃないのか?」
「まあ、情状
部長が僕と咲の顔を交互に見る。
僕が見えるようになったけれど、僕の声は聞こえないままなのだ。
咲の言葉を聞き、僕の表情を見て、僕が何を言っているのか知ろうとしているのだろう。
「で、後輩女子三人の着替えを見た感想は?」
「え、ああ、大きいなと」
咲が思いっきり腕を振り下ろす。
当然、手は僕をすり抜ける。
「くっ、卑怯な」
そんなことを言われても、それこそ不可抗力と言うものだ。
「それと、余罪があるわよね」
咲は更に語気を強めた。
だが余罪と言われても思い当たるフシは無い。
「結局、エロ目線が強くて二宮さんに認識されたわけよね」
……なるほど、おっしゃる通り。
あの三人が着替え出したときに僕の視線を強く感じた部長は、自らも脱ごうとすることによって更にそれを引き出そうとした。
そしてまんまと僕は、欲望に忠実な視線を引き出されたわけだ。
うん、余罪どころかこっちが本罪かも知れん。
「二宮さん」
「は、はい」
咲は部長にも厳しい口調で言う。
「勉にヘンな真似しないでくれる?」
「おい咲、部長は会いたいと思ってくれたからこその行動で、責めることでは──」
「勉は黙ってて」
「はい」
半ば冗談で
「その、ごめんなさい。沢村君を誘惑するつもりなんて無くて、ただ、男子だったら私なんかでもこういうので釣れるのかな、なんて」
はい、釣れました。
「二宮さん、私、最初に言ったよね? あなたに勉のことを話すのは、あなたのためじゃないって」
「う、うん……ちゃんと憶えてる」
「だったら──」
「咲」
「……なによ?」
「せっかく見えるようになったんだ。祝ってくれないか?」
僕のことを部長に話したのは部長のためじゃない……だとしたら僕のためだ。
たった一人としかコミュニケーションが取れない状況を、咲は改善してあげたいと思ってくれたのだろう。
だったら過程はともかく、祝ってほしい。
「咲のお蔭だから」
「エロのお蔭でしょ」
憎まれ口を叩くが、たぶん照れているだけだ。
「二宮さん」
「はい」
「見えるようになったのはおめでとう」
「う、うん、ありがとう。
「これから先、勉の生活を彩ってくれる存在になってくれると嬉しい」
「うん、私もそうありたいと思ってる」
「でも、念のために言っておくけど、これ」
僕を指差す。
ん? 「これ」というのは僕のことか!?
……ついにモノ扱いされるまで僕は落ちぶれてしまったのか!
「私のだから」
そうそう、どうせ僕なんかは咲のモノでしかない、って、は?
「咲、それはどういう──」
「うん、判ってる」
部長!?
判ってるって何!?
「初めて二人を見たときから、そうなんだろうなって」
最初っから僕は、咲の所有物だったのか!?
つまりは高一の時に同じクラスになって、最初に僕達二人を見た部長は、僕が咲の下僕に見えたと?
バカな! 僕はずっと自分を
「それから、私は勉のだから」
へ?
「それも、判ってるよ」
いや、二人で何を判り合ってるんだ?
僕は咲のモノで、咲は僕のモノ?
なんの冗談だ。
アニメや漫画で有りがちな、幼い頃に結婚の約束をしたなんてことは断じて無い。
ただ咲は僕の隣にいて、僕は咲の隣にいて、僕にとっては必要不可欠な存在で、咲にとっても僕は必要不可欠で、って、あれ?
「沢村君が橘さんと仲良く話している姿が、私は好きだから」
部長?
「また見られて、幸せ」
嘘偽りなど無いと思える部長の笑顔。
……時々、何のために人は生きているのだろうと思うことがある。
幽霊になった今、より強く、僕は何のためにこうした存在で在り続けるのだろうと思う。
神様の気まぐれ?
だとしたら、その気まぐれを生じさせたのは何なのか。
理由など無いのか、それとも──
「勉」
「な、なんだ?」
「もう一度、言うけど」
「あ、ああ」
「勝手に
っ!?
「どんな形であろうと、私の
……それは、なんて優しい命令なのだろう。
僕が幽霊になってまで存在し続けるのは、咲が奇跡を起こしたからなのかも知れない。
僕らは当り前のように傍にいた。
その繋がりが失われることを、咲は許さない。
拘束、束縛、そんな言葉など陳腐に思えてくる。
そんな言葉など必要ないと思えるくらいに、僕らは繋がっている。
「僕は、咲と共にある」
僕がそう言うと、咲は奇跡など普遍的だと言うように、
僕が存在するのは、必然だった。
「幼馴染は永遠なのよ」
「へ?」
必然だった筈だが、その必然の根拠が
運命の赤い糸的なアレでは無い?
咲は満足げに笑い、部長は……一瞬、不敵な笑みを浮かべた気がするが、まあ見間違いだろう。
それにしても……女というのはやはり身勝手だ。
僕を振り回し、戸惑わせ、胸を一杯にさせるくらいの言葉を放っておきながら、結局は子供じみた独占欲なのだ。
まあそうではあっても、咲に独占したいと思われていることに喜びを感じてしまうのだけど……。
「あのね」
部長が、去り際に僕だけに聞こえるように呟く。
「沢村君のためと言われただけで、私の行動を制約されたつもりはないから」
え?
聞こえなかったわけじゃないのに、頭の中が疑問で満ちる。
僕はぞくりとした。
眼鏡の奥の瞳が、まるで誘うように深い色を
初めて見る
咲は気付かず無邪気に笑っている。
部長の背中も笑っているように見えたけれど、僕は……笑ってもいいのだろうか?
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