第15話 部室

何となくモヤモヤした気分のまま、昼休みに文芸部の部室に向かう。

部室とは言っても図書室の隣にある倉庫みたいなところで、一般の教室より随分と狭い。

ちょうど部室に入ろうとしていた女生徒がいたので、その後に続いて入り込む。

狭い部屋の中には部長と、一緒に入ってきた生徒も含めて三人の女子がいた。

去年までは部長の他には三年生の男女が一人ずつだったから、見慣れない三人の生徒は一年生なのだろう。

部長が部長をしている姿は初めて見るが、昼休みに後輩がここにつどうということは、部長として慕われているからに違いない。

窓際に置かれた椅子に目を向ける。

部長は僕の席は空席のままだと言ったけれど、そりゃそうだ、花が置かれている。

そんな席、誰だって座りはしないだろう。

懐かしい僕の特等席の前に立つ。

窓から注ぐ薄日が、花瓶に淡い陰影を描く。

教室の僕の席には一ヵ月の間、花が置かれていたけれど、それから半年が過ぎているのに、ここではまだ花を咲かせている。

「部長、紫陽花あじさいもそろそろ終わりですね」

花瓶に生けられた額紫陽花を見て、後輩が言う。

部長がこちらに目を向け、少し色せた額紫陽花を見て微笑む。

「もう花は、いらないかな」

呟くような、それでいて少し華やいで聞こえる部長の声。

それは、どういう意味だろう?

のぞみはお墓に行って僕を見出そうとする。

部長は、この部室の僕の席にそれを描いたのだろうか。

でも部長は──

「いるの?」

何かに気付いたように、窓辺の椅子を凝視した。

視点はズレているけれど、明らかに窓の外を見ているのでは無い。

「は?」

後輩が怪訝けげんな声を漏らす。

「あ、えっと、何でもない」

「部長、疲れてるんじゃないですか? 先週、部長のクラスメートの人、でしたっけ? あの綺麗な人が来てから様子が変ですよ?」

咲のことだ。

「だ、大丈夫」

「でも、部室の外に呼び出されてしばらく帰ってこないし、戻ってきた時には明らかに動揺してましたよ?」

「……ねえ、幽霊って、信じる?」

二宮、一般的な人が思い浮かべる幽霊と、特定の人を思い描く幽霊は違うと思うぞ。

僕にはうらみなんて全く無いし、道路の真ん中で絶叫ライブをするくらいに常識から逸脱いつだつしている。

「あ、部長、さては次の小説は幽霊モノを書くつもりですね?」

「そ、そうじゃなくて、いたらいいなって思わない?」

タマちゃん先生と同じ意見か。

つまり、幽霊であっても会いたい人がいるという……あれ? それって僕のことか?

「えー、無いですって。もしいるならさっさと成仏じょうぶつしてくださいって感じですよ。ねー」

一年生は厳しい意見を放ち、他の同級生に同意を求める。

「人知れず存在しているなら、のぞき見されているようで落ち着かない」

ドキッ!

「私はまあ、幽霊次第かなぁ」

この子はいい子だ。

「あ、そうだ部長、私達、次の授業は体育なんでここで着替えちゃいますね」

え? いや、待ってくれ。

「ちょ、それは駄目!」

部長が慌てて後輩を制止する。

「なんでですか?」

「う、うちのクラスの男子が顔を出すって言ってたから!」

さすが部長、咄嗟とっさに上手い嘘をく。

いや、すでに男子が顔を出しているという説もあるが。

「大丈夫ですよ、パパッと着替えちゃいますから」

なんて大胆な! もっと危機感と警戒心を持ってくれ!

部長がこちらを気にしながら狼狽うろたえるが、後輩女子は無防備に、かつ豪快に脱ぐ。

おとなしそうな子なのに、女子だけだとこんなに思い切りよく脱いでしまうのか。

おとなしそうな子なのに、なんて凶暴な胸をしてらっしゃるのか。

しかも他の子も着替え出した。

皆さんそれぞれ立派な胸をしてらっしゃるようで、文芸部は巨乳部でもあるようだ。

中には部長をしのぐ強者ではと思える逸材もいて──じゃなくて、見てはいけない!

僕は窓の外を向いて、彼女達が視界に入らないようにする。

目をつむればいいだけのような気もするし、誰からも見えないのだけど、態度で示さなきゃと思ってしまう。

「じゃ、部長、お先でーす」

賑やかな挨拶を背中に聞いて、そろそろ振り返ってもいいかと思案する。

もしかして二宮も一緒に出ていったのでは、と思えるくらい静かになった部室だが、何故か背中に視線を感じる。

視線が痛いとはこのことだ。

僕はゆっくりと、いや、恐る恐る振り返った。

部長がジト目で僕をにらんでいた。

勿論、焦点はズレている。

だが何も無い空間を睨み付けるにしては、それはもはや的確と言っていい程度のズレだ。

「いるよね」

言葉も問い掛けと言うよりは、念押しに近い。

朝のこともあるし部長と何かコンタクトが出来るのでは、と思って来たのだが、こんな形は想定していなかった。

「ちょっと待ってて」

部長は僕の方につかつかと歩み寄ってきたかと思うと、椅子にある花瓶を本が積まれた机の上に移動させた。

「ここに座りなさい」

部長は優しいなぁ、と思ったら、お怒りモードのままだった。

言われるままに座る。

「わざとじゃないのは判ってるけど」

信じていただけて光栄です……。

「途中まで視線は感じたけど」

え!? バレてる!?

「……ここかな?」

眉間を指差される。

椅子に座っていること、僕の背格好、判断材料はあるにしても、もはや確実に存在を認識していると言える。

「さっきみたいな強い視線なら判りやすいのに……」

そ、そんなに強い視線で見てましたかね?

知的な部長の思案顔。

だが、眼鏡の奥で目が光った気がした。

「私も脱げば……いいのかな?」

「ま、待て部長! 早まるな!」

僕は立ち上がって部長の腕をつかもうとするが、当然ながら何も掴めない。

部長は本気なのか、ブラウスのボタンに手をかけると、恥じらうように上目遣いで僕を見上げ──って、え? 僕が立ち上がったことに気付いている?

視線のズレが無くなった。

視点のズレが即座に修正された。

恥じらいの表情は驚愕に変わり、そして歓喜へと移行した。

目と目が、確かに合う。

僕達は……一方通行じゃ無くなった。

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