第7話 相談相手
授業中は咲をからかうことが出来るけど、休み時間はそういうわけにはいかない。
咲は友人も多いし、今も四人で机を合わせて弁当を食べている。
だからいつも、昼休みは校内をブラブラと散策する。
集団の中の孤独というものを感じるので、あまり好きな時間ではないが、まあ退屈はしない。
「廊下に寝そべれば、パンツ見放題なんだがなぁ」
やったことは無い。
かつてパンツを見たいがためだけに側溝に寝そべって入り込み、逮捕された男がいたらしいが、それはそれで
なんせ五時間も側溝に
その情熱、そのひたむきさ、他のことに使うべきだとは思う。
が、彼が僕の立場なら、
何故なら、困難を乗り越えた先にあるものでは無いからだ。
遠くまで歩いて綺麗な景色を見ても、疲労感が無いと感動が薄れるのと同じで、やはり何事も達成感というものが大事なのだろう。
「まあ、たかがパンツ、されどパンツ、尊いのは理解するが、それ故に卑怯な手段は使いたくないものだ」
「何を言ってるの?」
「!?」
いつの間にか、咲が隣に立っていた。
周りに気付かれないよう、声をひそめ、視線は窓の外に向けている。
「ついてきて」
咲が前に立って歩き出す。
たぶん、行き先は屋上に出る扉のところだ。
屋上への出入りは禁止されているから、そこに来る生徒は滅多にいない。
いたとしても階段を上がってくる気配で直ぐに判るので、空き教室などで見つかるよりも対処がしやすい。
だから学校で話したいことがあるときは、咲はいつもそこに誘う。
咲は扉に
誰かが来たとき、電話で
「さっき、パンツがどうのって言ってたけど」
「いや、単なる妄想と言うか、可能性に
「おかしなことしないでよ? 逮捕はされなくても犯罪行為は犯罪行為なんだから」
咲は当り前のようにモラルを求めてくる。
僕も当たり前のように守っているつもりだ。
あくまで、生きていたときと同じ。
それは最低限、僕が守らなきゃいけないことなんだと思う。
でなければ、僕が咲の隣にいる資格は無い。
「ただの、じゃ無くなったなぁ」
「何が?」
「咲しか僕が見えないんだから、ただの幼馴染じゃなくて……特殊な?」
「……特殊って言葉が気に入らないわ」
「え、なぜ?」
「私の耳は勉にとって?」
「と、特別?」
「よろしい」
咲がニッコリ笑う。
普段は気品のある笑顔でも、僕の前では無邪気な笑顔を見せるときがある、ような気がする。
特別な幼馴染なんて最初っからで、そこに特殊な事情が加わったのだけど、それを口にするのは照れ臭い。
「そう言えば昨日、僕と同類に出会った」
「え?」
「だから、たぶん幽霊?」
「そ、それでどうなったの!?」
咲が思わず僕の肩を掴もうとして空振りする。
「空気読んで実体化しなさいよ!」
「無茶を言わないでくれ」
「不便な男ね」
ひどい言われようだ。
でも、実際こんな身体じゃ、咲に何かあったとき何も出来ないのではないか?
「で?」
「あ、ああ、お互いが認識できて、普通に人と会話してる感じだな」
「
「あ、いや、それは……女の子だったし」
「女の子? 幾つくらいの?」
咲の目が鋭くなった。
心の中まで見透かそうとするような、子供の頃から苦手な目だ。
僕は嘘が下手では無い
「僕達が通っていた中学の制服を着ていた」
「ふーん、可愛かったの?」
「まあ、そこそこ」
「それで、可愛かったの?」
「ま、まあ、大したことはない」
「それで、何を話したの?」
質問攻めだな。
目も鋭いままだし。
「それが、やたらと冷たい対応で直ぐに別れたんだ。もう少し情報を聞き出したかったんだけど」
あ、目許が柔らかくなった。
もしかして、たった一人という立場を失うのが気に入らないのかとも思ったが、相手は幽霊だし、咲がそんなことで嫉妬する筈も無いか。
「咲の方は、何か話があってここに連れて来たんじゃないのか?」
「あ、そのことなんだけど、やっぱり誰か大人に相談した方が良くないかなって」
「相談? 幽霊について?」
「ええ」
「バカバカしい。誰も取りあってくれるわけないだろう?」
理屈で考えれば判るだろうに、女というのは直ぐ感情で行動しようとする。
「でもね、勉、ずっとこのままならまだしも、いつ消えちゃうか判らないのよ?」
そう言われれば、そういうことも有り得るのか。
何も成仏とかじゃなくても、そもそもの存在自体が不確かなものだし、今の在り方が神様の気まぐれみたいなものの可能性だってある。
「……当てはあるのか? 僕の親はダメだからな」
「それは勿論。私だけが見えるって知ったら、勉のお母さんも、希ちゃんも悲しむだろうし」
信じること前提か。
咲の頭がオカシくなったと思われる気もするが。
「お寺の住職、神社の神主とか?」
「それはダメ! お
僕は悪霊か何かなのか!?
いや、でも、成仏させるのは住職の仕事で、お祓いするのは神主の仕事でもあるから、悪霊でなくても消されてしまうな。
「じゃあ咲の両親?」
「それもダメ。私の頭がオカシくなったって思われちゃう」
「娘の真剣な話なら、少しは信じるんじゃないかな」
「娘の真剣な話だからこそ、頭がヘンになったって心配するんじゃない」
「そんなものかな」
「だって、ただでさえあまり落ち込んでないのは、悲しすぎて頭のネジが抜けたんじゃないかって心配してるくらいだし……」
「へえ、咲がそんなに僕のことを慕っていると両親は思ってるのか。なんか光栄だな」
「そ、そりゃ、まあ……ほぼ生まれた頃からの付き合いだし……腐れ縁だけどね!」
どんな縁でも、切れなければそれでいい。
「結局、当ては無いのか?」
「んー、えっと、先生はどうかなって」
「先生? 担任の?」
「うん。あの先生、不愛想だけど生徒の相談には親身になってくれるって聞くし」
不愛想というか男嫌いだと聞く。
実際、男子を見る視線は冷たいし、えらく塩対応だったりもする。
僕は女嫌いではなく女性は好きで、ただ女性が苦手なだけだから、男嫌いの女性は更に苦手だ。
でもあの先生が、時々ふっと優しい顔をすることも知っている。
特に誰も見ていないとき、幽霊の僕だけが知り得る顔がある。
「今日の放課後、ちゃんと残っててね」
まあ何となく、あの先生なら話を聞いてもらうのもいいかも知れない。
解決策など誰も知らないだろうけど、誰かに話すことで咲の負担が減るのなら。
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