第2話 妹と幼馴染

基本的に女子は苦手だ。

そもそも、その思考が理解できない。

理不尽なことで責め、怒り、時には泣く。

こっちが正論で返しても、感情論でゴリ押ししてくる。

考えてみれば、さきなんてその典型だ。

小さい頃からどれだけ振り回されてきたことか。

なのに咲とは、ずっとこうして近くにその存在を感じてきた。

「あれ? 咲ちゃん来てたんだ?」

妹が僕の部屋をのぞく。

生きていた時は無視ばっかりしてたくせに、死んでからは一日に何度も部屋を覗くのは何なんだ。

「あ、のぞみちゃん、お邪魔してまーす」

希には僕は見えてないのに、咲は咄嗟とっさに距離を取る。

まるで情事を見られたかのようではないか、なんて思って笑うと、咲が僕をにらみ付けてきた。

「咲ちゃん?」

ほら、希からしたら、お前は虚空こくうを睨んでいるようにしか見えないって。

「あ、ああ、ゴメン! な、何?」

「……兄貴のこと、懐かしんで来てくれるのは嬉しいけど、そろそろ忘れないと」

咲が歯を食い縛るのが判った。

希にとっては過去のことになりつつあっても、咲にとっては現在進行形の事柄。

「だいたい、咲ちゃんなんてモテモテなんだから、兄貴なんかを引き摺ってるのは勿体無いよ?」

うむ、正論だ。

理不尽で我儘わがままな妹が正論を言うのは、兄として嬉しい。

……少し寂しくはあるが。

「あははー、そうよね。ホントあのバカの面倒なんて……」

咲?

「咲ちゃん?」

「ごめん希ちゃん、もう少し、アイツの面倒みさせて」

咲、それは漫画の定期購読を続けるという意味だな?

だいたい女のセリフというものは、思わせぶりでドキッとさせられることが多い。

額面通りに受け取ってはならないのだ。

「べつに私はいいけど。まあだいたい兄貴も、咲ちゃん置いていくなんて死んでも死にきれないだろうし、そのへん彷徨さまよってるかもだし」

ギクッ!

「……そうだね」

おい咲、なんて柔らかな笑みを浮かべるんだ。

幼馴染耐性が無いヤツが見れば、ノックアウトされるところだ。

しかし僕はだまされない。

だいたい女の表情というものは、思わせぶりで大袈裟である。

男はつい、深読みして自分に都合のいい解釈をしがちだが、実際のところその表情に大した意味など無いのである。

「咲ちゃん、まさかウチのバカ兄貴のこと……」

「ま、まさか! 長い付き合いだし、腐れ縁みたいなものよ!」

うむ、死んでからも縁が切れないとは、正に腐れ縁だ。

「だよねー。あんな女の気持ちを理解できない女嫌いの偏屈兄貴」

ほらみろ、女というのは本人がいないと直ぐに悪口を言う。

まったく、感情的で陰湿で、非建設的な会話ばかりだ。

そもそも僕は女性が苦手なだけで、嫌いどころか寧ろ大好──

「勉は、結構モテてたよ」

「え!?」

え!?

「ずけずけ正直に女子の意見に反論してくるし、平気でけなすし愛想もないけど」

「でしょう? 見てくれは眼鏡が似合って秀才っぽくて、ちょっとまあインテリ男子っぽいけど、あのバカ兄貴は女心とか優しさとか理解できないんだから」

「うん、だから、ある意味では誠実だったかなって」

「はあ!?」

「わ、私じゃなくてクラスの女子がね、勉はお世辞を言わないから勉の意見は信用できるって」

「それって、信用できるだけで、モテてるのとは違うじゃん」

「あ、うん、そうかもね。でも女子から煙たがられてたようでいて、今でも不意に寂しそうな顔をする子もいるしね」

そんな女子がいたのか!?

今でも毎日のように学校に行っているが、全く気付かないぞ?

「それが本当なら……まあ、妹として悪い気はしないかな……」

「希ちゃんは来年、ウチの高校を受験するんだよね」

「そりゃあまあ、いちばん近いし、他の高校なんて田舎だから遠いし」

「だったら、勉のことで、ちゃんと見えてくることもあると思うよ」

「まあ……妹の私が他人より見えてないってことは無いと思うんだけどね」

「え?」

「な、なんでもない! じゃあ、ごゆっくり」

おいコラ、女の子はもっと静かにドアを閉めなさい。

秀才でインテリっぽく見える僕の妹でありながら、希はどうもガサツなところがある。

それとは逆に、実は成績の悪い僕とは違って頭はいいのだが。

「はあ……」

珍しく咲が溜息を吐く。

「どうした?」

「出しゃばっちゃったかなぁ」

「何が?」

「ちゃんと見えてくることもあると思うよ、なんて、他人の私から言われて、希ちゃん気分を害したんじゃないかな」

「まあ実際、アイツは今の僕が見えていないわけだし、他人とはいえ咲の方が見えているわけだから」

女というのは、実につまらないことを気にするものだ。

家族と他人、視点が違えば見えるものも違ってくる。

「何で私にだけ見えるんだろう?」

「今更か」

半年前、つまり僕が死んだ直後から、さんざん話してきたことで、しかも答など出ないという結論が出たではないか。

家族でも見えない。

友達でも見えない。

僕が見えるための条件があるなら、それは何なのか。

まさか、恋愛感情があれば見えるとか? などと少しは考えたこともあるが、さすがに言い出しにくいことでもあるし、まさか咲に限ってそんな感情を僕に抱いているとも思えない。

そもそも恋愛感情の有無が条件なら、学校で誰一人として僕に気付く人がいないという事実が、ひどく悲しいではないか。

「実は私にだけ見えているんじゃなくて、私の頭がオカシイだけなのかも……」

「おい、僕を幻覚扱いしないでくれ。咲にまで存在を否定されたら行き場を失ってしまう」

咲が僕の目をじっと見てきた。

「ど、どうした」

「ううん、また今夜も外で過ごすのかなって、思っただけ」

少し同情のこもった、いや、逆に何か乞うようにも見える瞳。

一人の夜は寂しい、が、咲もまた、寂しいのだろうか。

まさか、私の家に来る? とでも言うのだろうか。

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