質の悪い充電ケーブル

斧間徒平

質の悪い充電ケーブル

 残業を終え、愛する妻子が待つ自宅に帰る途中、時任ときとう 一郎いちろうは、脳の充電が切れそうなっていることに気が付いた。


 辺りを見渡すと、深夜の公園の一番闇が濃くなっている所に、ひっそりと立つ公共充電ケーブルを見つけた。

 苔むして汚れていたが、背に腹は代えられずハンカチで拭って使うことにした。ケーブルを首筋の後ろに刺すと、電気がゆるやかに脳を満たしていった。


 間もなく充電を終えてふと気がついた。記憶野の中に見慣れぬメモリーがある。

 いかん、やはり怪しげな野良ケーブルは使うべきではないな。と慌てて引き抜き、首筋のソケットをハンカチで丁寧に拭う。


 ケーブルはどうやら電気だけでなくデータも送信できるものだったらしい。脳髄のプライバシー権が人口に膾炙かいしゃしてもう何年にもなるというのに、未だ非常識な者がいるらしい。


 興味本位にメモリーを開くと、小さなダイヤの付いた指輪、披露宴式場、海外旅行、子供の出産・入学などたくさんの写真が記録されていた。


 随分幸せそうな写真だ。その幸せの欠片でも私に分けて欲しいくらいだ。


 不機嫌になったとき 任一郎にんいちろうはあっさりとメモリーを消去し、途中のコンビニで安い弁当を買い、6畳一間の安アパートに独り帰って行った。

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質の悪い充電ケーブル 斧間徒平 @onoma_tohei

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